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第四十八話 地獄への扉


「ここよ」


 ミアが指した建物の前には、街中とは比較にならない数の軍人が配置されていた。

 まるで、アルグレイ隊が来ることを待ち構えているかのようだ。


「裏に回って直接地下牢まで穴を掘る。」


 大佐の言葉に、ノースブルクで大佐とヴァイスさんが覗き込んでいたあの地図が王都の施設のものだったのだと、ルシアは思い至る。

 彼らはどこまでを予測し、備えてきたのだろうか。

 


 静かに告げた大佐の指示に頷きで応え、留置所の裏へ迂回する。

 外壁に張り巡らされた鉄線もものともせず、隙間を縫って飛び越える。


 地面に手を置いた大佐の手のひらから、かすかな光が漏れた。

 人一人分の穴が開き、大佐が下りていく。

 続いてリア先輩とウィル先輩が飛び込んだ。

 

 グレインさんは背中を向け、周囲を警戒していた。

 ノエルと視線を交わす。ノエルが頷き、ルシアだけが地下へ飛び込んだ。


 暗闇を抜けた先は、ぼんやりとしたランプに照らされていた。

 

 地下牢には、錆びた鉄の匂いが立ちこめていた。

 辺りを見回すと、そこは拷問部屋のようだった。

 天井からは錆びた鎖がぶら下がり、壁には茶色い染みが広がっている。


 ルシアの背筋に一筋の冷や汗が垂れる。目の前の光景に、吐き気がした。

 

 ……ふと、大佐たちの姿が見えないことに気づき、我に返る。目の前の光景に感情を揺さぶられすぎていた。

 地下牢の奥へ進むと、生臭いにおいが強くなる。

 

 地下牢の奥には、しゃがみ込む大佐の姿と、周囲を警戒するリア先輩とウィル先輩の姿、気を失って倒れている軍人の姿があった。

 しかし、他の誰の姿もルシアの目には入らなかった。


 ……そこにいたのは、ヴァイスさんだろう人物だった。


 ぐったりとし、血の気を失ったヴァイスさんは酷く殴られたのか、顔は腫れあがり、判別が難しいほどだった。服から見える手足は血にまみれていた。

 かろうじてヴァイスさんだと判断できるのは、いつも柔らかく流されている濃紺の髪だけだ。その髪も血で固まっていた。

 

 ルシアはほとんど反射でミアに治癒魔法を命じた。

 

 眩い光がヴァイスさんを包む。

 昼間よりも随分時間がかかり、ルシアは焦った。


 間に合え──間に合え。


 繰り返し何度も願う。


 やっと光が消えたとき、そこには見慣れたはずのヴァイスさんの姿があった。見慣れた姿のはずなのに、何かがおかしい。


 何かが──足りない。


 見慣れたペンを持つ、優しくルシアを撫でてくれるはずの右腕。その右腕があるはずの袖からは、空洞が覗いていた。


 ヴァイスさんはショックが大きかったのか、意識を取り戻さないままだ。


 そして、大佐は何も問題は生じていないかのようにヴァイスさんを担いだ。

 

「大佐……腕が……」

 

 久しぶりに声を発したルシアの声は、掠れていた。

 

「問題ない……生きていればいい。」


 ”死んでいなければそれでいい。”

 ──そう、聞こえた。


 まただ──また。自分には、覚悟が足りない。

 

 ルシアは唇を強く噛み締めた。血の味がするが、気にならなかった。自分の覚悟の浅さに嫌気がさす。

 

 だが、時間は待ってくれない。刻一刻と時間は過ぎていった。

 

 追手が来る前にこの場所を離れなければ。


 先ほど飛び降りた穴へ戻ると、ノエルが上から蔦を下ろし、登れるように整えてくれていた。

 

 自分だけが動転し、役に立たない。弟であるはずのノエルは、確実にみんなの役に立っているのに。ルシアは唇を噛み締めた。


 地上に戻ると、グレインさんとノエルが周囲を警戒し、退路から来た敵と応戦している姿がルシアの目に入る。

 援護に入ろうとした瞬間、ルシアの背筋に冷たいものが駆け抜けた。


 ルシアは反射的に身をかがめた。

 

 直後、火の玉が真上を駆け抜け、掠った髪の先が熱で焼けた。

 

「みーつけた」


 聞き慣れない男の声が闇に響いた。


 地獄の門が、開く音が聞こえた気がした──

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