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第四十七話 犠牲


 ルシアは肩で息をした。

 暴れ狂う心臓に、呼吸が整わない。


「どうするの?」


 掠れたルシアの声に、返す者はいなかった。

 

 地面に視線を落とした大佐とは一切視線が交わらない。全員にとって、予想だにしない展開だった。

 どこから漏れたのかも分からなかった。


「一旦合流する。向こうも危ない」


 大佐の一言に、王都すべてが敵に回ったことを悟る。アルグレイ隊は、叛逆者となったのだ──


 通りすがりの中年の男性が敵に見える。

 驚いた子どもの視線でさえ、うっとうしく思えた。


 出来る限り目立たずに、建物の隙間を縫うように走る。せめてこれが夜ならばよかったのに。

 嘆いても意味のないことだとは分かっていた。


「あそこだ」


 前回は穏やかな時間を過ごしたカフェテリア。いつもと変わらないリア先輩たちの姿がそこにはあった。


 ほっと息を吐く。よかった、無事だった。


 


 奥に見える、銃を構えた軍人の姿を見るまでは──


「リア先輩っ!」


 さっきまで笑っていたのに。

 なんで、どうして。


 張り上げた声に、こちらに目線を向ける軍人。

 銃口がこちらを向いた。


 銃口が焔を吹いた。


 ──避けられない。


 思考が止まった次の瞬間、視界から銃口が消えた。

 横からの衝撃で転がり、地面に頭を打ちつける。

 

 頭は痛いのに、身体は痛くない。

 ルシアは──包まれていた。


 いつも優しく見つめてくれる瞳は、閉じられている。「油断するな」と叱る声は、聞こえなかった。


 微かに上下する胸だけが、生きていることを知らせていた。



「ヴァイスさんっ!」



 ルシアが張り上げた声に、うっすらと目が開いた。


「無事か?……よかった」


 僅かに上がった唇から、血が流れた。

 掠れた声がルシアの胸を抉る。


 でも、生きている。

 生きているなら、なんとか出来る。


「ミアッ!」

 

 場に似合わない優しい光が、ヴァイスさんを包んだ。

 漂っていた水が消える。

 傷が塞がったヴァイスさんの姿にほっと息を吐いた。


「レオン、先に行け。俺はすぐには動けない。すぐに追っ手が来る。お前たちだけでも逃げ切れ」

「ヴァイスさんッ!」

 

「……………分かった。」

「頼んだぞ。」


 ルシアの声など届かないかのように、二人だけの会話が成立する。


 大佐はヴァイスさんを一瞥し、小さく頷いた。ヴァイスさんに、背中を向ける。


「生きろ。」


 それは、命令だった。

 大佐から副官へ告げる、命令。


 絞りだしたような苦し気な声に、ヴァイスさんは笑った。迫り来る軍人たちに銃口を向け、「早く行け」と囁く。


 ルシアはノエルに手を掴まれ、引きずられるように駆け出した。大佐の背を追って。


 表情を失ったリア先輩たちも合流する。


 必死に振り返ると、地面に押さえつけられたヴァイスさんの姿が目に飛び込んだ。


 ヴァイスさんは、こちらを見て笑った。


「まかせた」


 ヴァイスさんの唇が動く。

 世界の音が、消えた気がした。



 

 ⸻⸻



 貧困街。

 軍人も憲兵も立ち寄らない場所。


 その片隅にルシアたちの姿はあった。ドワーフたちにヴァイスさんの情報を集めてもらっている。


「なんで……」


 響くルシアの声に応える人はいない。まるで誰もが、ヴァイスさんはもう生きていないとでも言うように項垂れていた。


 まだ、分からないのに。


「私のせいだ……」


 自分が、撃たれたから。

 自分が叫んだから。


 ヴァイスさんが、撃たれた。


「だからなんだ」


 冷たい、声が落ちた。

 普段からは想像もできないほど冷たい大佐の声が、ルシアを貫いた。


「お前のせいだと、罵られれば満足か?」


 静かな声は、ルシアの主張がただの自己満足だと告げていた。


「そんなもののために、ノアは残ったんじゃない。前を見ろ。」


「大佐は、なんでッ」


 その先は、言えなかった。

 ヴァイスさんと別れてから初めて大佐と目があった。

 

 別人かのように消えた光。

 誰よりも自分を責める男の顔がそこにはあった。

 深く、暗い闇に沈んだ瞳には何も映っていない。


「妖精たちからの情報を待つ。奴は、生きている。

 こんなところで死ぬやつではない」


「取り返す。どんな形であろうとも。」


 そこにあるのは、狂気にも似た闇。

 

「すぐには殺されない。尋問の後だ。猶予はある。」


 自分に言い聞かせるように繰り返される言葉。


 誰も、何も言えなかった。

 ただ、沈黙が支配した──


 ⸻⸻


 時間だけが刻々と過ぎる。

 1分1秒がその何十倍にも感じた。

 

 時折誰かが壁を殴る音が静寂を割る。ただ報告を待つしかない時間は、何よりも苦痛だった。


 

「見つけたって!」


 沈黙を切り裂いたのは、ミアの叫ぶような声だった。


「南の留置所の地下牢。今は一人みたい。

 あんまり時間はないよ。早くいかなきゃ」


 いつになく早口なミアの口調は、事態の深刻さを物語っていた。


「出る。覚悟があるやつのみ、ついてこい」


 全員が静かに立ち上がる。

 仲間を傷つける奴には容赦しない。

 普段の穏やかさは身を潜め、六匹の手負いの獣が牙をむいた。

 

 ⸻⸻


 漆黒に染まる街を駆ける。

 先導するミアたちの羽は月光を浴びて残光を残した。


 時折すれ違う軍人たちの目をかいくぐり、見つかった場合は、声を上げられる前に誰かが始末する。

 そこに言葉はいらない。


 呼吸をするように、自然と役割を果たす。

 それはまるで、肉食獣の狩りのように。


 命を狩る覚悟があるならば、狩られる覚悟をしているだろう。

 ⸻ここは、戦場だ。

大佐のルシアに対する態度が保護者として不適切だという指摘を頂きました。

ここまで読んでいただいた方でご不快に思われた方、大変申し訳ありません。


本編内容に大きな影響がない部分なので、見直しを行なっています。第15話と第27話が当該部分となります。それに合わせて他も微修正しております。


よろしくお願いします。

今後ともよろしくお願いします。

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