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第四十五話 新月の誓い、満月の夜

 あまり作中に二人の名前が出てこないため補足を入れておきます。

 大佐 レオン・アルグレイ、副官 ノア・ヴァイス



 "カラン"


 傾けたグラスに溶けた氷の音が響く。部屋の中にはレオンとノアの二人きり。


 部下もいない、二人きりの祝杯。一歩ずつ、確実に前へ進んでいる実感をつまみに、二人はグラスを傾けていた。


 一口、グラスに口をつけ、レオンがノアに向かって口を開いた。

 

「増えたな、仲間が」

「初めは二人だったのにな。」


 ノースブルクの宿の部屋。

 ぼんやりとした街灯の光が、窓際に腰掛ける二人を照らした。

 二人から始まった夢の始まりを思い起こす。最近の順調すぎる旅路にどこか不安を掻き立てられ、ノアはレオンに弱音を吐いた。


「順調過ぎて怖くないか?」

「日頃の行いってやつだろう?」

「俺らのって言うより、ルシアとノエルの行いかな」


 ルシアとノエルが合流してから、全てが噛み合い、歯車が回り始めた。まるで今までの道のりは、彼女たちに出会うための準備であったかのように。

 

 二人だけの晩酌は、静かに時間が過ぎていった。

 

 大佐として、副官としてお互いを立てる必要もない時間は、肩の力を抜ける、大切な時間だった。


「なにか、起こりそうで嫌だよな……」

「縁起の悪いことをいうな。災いを呼ぶだろうが」

 

 とことん後ろ向きになるノアの姿にレオンは苦笑した。だが、ノアの不安もレオンにはよく分かった。


 良いことばかりが続くことがないことを、二人は痛いほど身にしみて知っていた。


「ここまで長かったな。」

「珍しいな。レオンがそんなこと言うの」

「俺たちにとって、今は天国のようだ。仲間がいて、誰も死んでいない。凄いことだろう。」


 噛み締めるように言うレオンに、今度はノアが苦笑を漏らした。見えない重荷を背負い続ける親友は、自分に厳しすぎる。


 窓の外に月の姿はない。新月だろうか。


 親友と誓ったあの日のことを、昨日のことのように思い出せる。

 あれは、今日のような真っ暗な闇の日だった。


 ⸻⸻


 身体に染みついた硝煙の匂い。昨日まで眠っていたはずの、主を失ったベッド。──赤黒く変色した軍服。


 士官学校を卒業して間もない若い兵士が送られるには、過酷すぎる戦場だった。

 そこに送られた理由はただ一つ。


 レオンとノアは、優秀過ぎた。

 ただ、それだけの理由だった。


 フェルンベルクに配属されたのち、優秀過ぎたことを上司に疎まれ飛ばされた戦地。敵軍だけではなく、民間人でさえ殺せと命じる上官。


 自分はまだいい。俺は、ただ目の前に立つ人間を殺すだけで良いのだから。


 問題は、レオンだ。

 結界魔術の有用性に気づいた上官はある日、レオンに命令を下した。


 "結界魔術で敵陣を囲め"


 レオンに敵陣を囲ませた上官は、中にいる兵士たちを容赦なく撃ち殺した。

 抵抗する兵も、武器を捨てて膝をついた兵も、戦場に出ないはずの救護兵さえも。


 結界の際まで這い寄り、「出してくれ」と叫ぶ人間を──蜂の巣にした。


 士官学校で、"この力で国民を守るんだ"そう笑って上級魔術師になったレオンは、その術を人間を殺すための力に変えられた。

 

 その日を境に、レオンの目から光が消えた。


 ただ、自分はレオンの背中を守るしかなかった。 レオンは、自分の身を顧みない行動をたびたびするようになった。


 その背中をノアは必死に守った。

 それだけが、ノアにとって戦場に立ち続ける意味だった。


 優しくて強い親友が、こんな形で失われることだけは許せなかった。


 そんなある日。

 いつものように戦場へ立ったレオンとノアは、森の中にいた。


 木々に遮られ、視界は決して良いとはいえなかった。敵軍を視認し、銃撃しようとした刹那、ノアの視界からレオンの姿が消えた。


 一瞬の遅れ。


 ”パン”


 気づいたときには遅かった。


 視線をずらした先のレオンの背中は、血にまみれていた。そのレオンの視線の先には、目を見開きながら結界に守られている少女の姿があった。


──主力であるレオンを失い、ノア達の隊は一気に崩壊した。統率を失った隊は散り散りになり、悲鳴と銃声だけが森に響いた。


 なんとか立て直したものの、ノア自身も満身創痍の状態で、意識のない重傷のレオンを、引きずるようにして自陣へ戻った。

 戻った途端にノアも意識を失い、意識を取り戻した時には、2日が経っていた。


 そのとき、既にレオンは目覚めており、隣のベッドに寝ていた。

 

 暗闇が場を支配し、月さえも姿を消した新月の夜。テントの中には、二人以外誰もいなかった。


「起きたのか……?」


 ノアが起きたことに気づいたレオンは、掠れた声で呼びかけた。テント内をわずかに照らす光を抑えたランプの明かりに照らされた瞳は、揺れていた。

 

「あぁ……おはよう。ちゃんと生きてたか…良かった。」

「ノアのほうが重症なくらいだ。助かった、ありがとう。」

「いつも助けてもらってるんだ。当たり前だ」

 

 そう返した言葉に、レオンの目が見開かれる。


「なんだ?俺が気づいてないと思ってたか?いつも俺が危ないときには結界魔術で守ってくれていただろう?」


 そう投げかけると、レオンはバツが悪そうに視線を逸らした。本当に気づいていないと思っていたらしい。気づかないわけがないだろうに。


 そんなレオンを横目に見ながら、ノアは伝えようと思っていたことを思い出した。


「お前が助けた女の子。最後までは見守れなかったけど、ちゃんと逃げていったぞ」

「……そうか。」

 

 ノアの言葉に、レオンの目元がわずかに緩んだ。

 

 レオンは本当に表情が目にでる。目だけで会話ができるのではないかと思うほどに。


「ノア、俺は決めたことがある。」

「なんだよ。」

「魔術を、人の命を奪うために使うことにやはり納得できない。

 俺は、この力を人を守るために使いたい。


 そのために、俺はこの国を変えるため、軍の頂点に立とうと思う。

 すべての軍人が、国民が、自分の力で隣人を守ることができるように」


 そう言ったレオンの目には、再び光が宿っていた。直視するのがまぶしいほどの──光。


 闇に包まれているというのに、その瞳は不思議なほど輝いて見えた。


「……それはまた、大きく出たな」

「夢は、大きいほうが燃えるだろう?」


 そう笑うレオンの顔は、かつての親友の姿を取り戻していた。

 

 "この力で国民を守るんだ"そう笑っていた顔。


 ノアが、こいつに着いていこうと決めた顔だった。それを、レオンに告げたことはなかったけれど。

  

「しょうがないから、お前が描く未来を、俺が支えてやるよ」


 そう告げたノアの言葉を聞き、レオンは嬉しそうに目を細めた。

 

 その瞳にはもう、かつての闇はなかった──


 ⸻⸻


「あの日も……新月だったな。」

「あの日?」

 

 不思議そうな目で見返すレオンに、ノアは笑い返す。


「ほら、俺らが死にかけた……」

「あぁ……あの日か。」


 目を細め、「あのときは本当に死を覚悟したな……」とレオンはポツリと呟く。


「だが、今夜は違うぞ?」


「ほら」と窓の外を指さしたレオンの指先には、なにもない。

「どういうことだ?」とノアが問いかけようとしたとき、レオンは得意げに笑った。


「今夜は、満月だ」


 その言葉のあと、わずかな静寂が落ちた。


 ──やがて、雲が晴れた。丸い月の姿が現れる。

 

 親友の顔が、月明かりに明るく照らされた。


「俺たちの未来は、明るいらしい」


 楽しそうに笑うレオンの顔に影はない。きっとこの顔も、魔法を使う少女が緩ませてくれたのだろう。

 彼女と出会って、レオンは優しい表情を浮かべることが多くなった。


「そうだな。」


──これから先の未来も、きっと明るい。

  そう思わせてくれる優しい夜だった。


 

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