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「もしかして、バーベキュー場でも同じことした?」
松岡くんの問いに、大家さんは笑うだけで答えません。
「おい、もしもし!」
山田さんの声です。松岡くんのスマホから聞こえました。呼吸が荒いような気がします。
「山田さん! 無事なの? 大丈夫?」
「私は大丈夫だけど……ヤバい、三日月ママ居なくなった」
「逃げたの?」
「逃げたって言うか何ていうか、死ぬかも知れねぇ」
「えっ何で、バレたから?」
「あいつなんだよ、あいつが……」
山田さんが珍しく言葉を詰まらせています。
「あいつが芝原を……死なせた。そこを見てた大家が味方の振りして言いくるめて、都合良く使ってたらしい。であの女、三日月突き落としたの大家だって知らなかったらしくって、言ったらパニクりだしてどっか行っちまった。途中までは追いかけたんだけど見失って」
体から、何かが抜けていくような不思議な感覚でした。悲しいのか腹が立っているのか自分でも分かりません。感情がぼんやりしています。ぼんやりを解消する気も、怖くて起きません。
「別に突き落としたりしてないんだけど」
大家さんが何か言ってますが気にしてられません。
「山田さん、今何処に居るの?」
「分かんねぇ、田んぼばっかで。崖の上みたいな所に白っぽいピカピカしたでけぇ建物見えるけど」
「火葬場? そんなに離れてないかも」
雨の音がいつの間にか消えていました。その代わり、うっすらと人の声がします。誰かが事務所に近づいてきています。
「みんな大丈夫! 助け呼んできたよ!」
姫ちゃんです。それに何人もの大人の声もします。
「こっちだ! みんな無事だ!」
知念くんが叫びます。沙那さんは気が抜けたのか、ふらっと床に座り込みました。沙那さんが手に持っていた包丁を、松岡くんがそっと取って棚の上に置きます。
大家さんはしばらくは動けそうにありませんし、助けも来ましたからもう大丈夫です。もう、大丈夫なはずですが……。
「芽生ちゃん」
松岡くんが耳元で囁きます。
「三日月さんのお母さんの場所分かるかも知れないけど、どうする?」
出入り口から何人もの足音が近づいてきます。今見つかってしまうと、三日月さんのお母さんを捜しに行けなくなってしまいます。
……。
「行く。知念くんごめん、あと宜しく」
「ぇええっ!」
松岡くんと一緒に建物の裏から外へ出ました。
建物の裏側の白い塀には倉庫に隠れた所に切れ目がありました。昔は裏口として使われていたのかもしれませんが、今は雑草に蝕まれていて掻き分けないと進めません。雨は小降りになっていましたが、雑草に付いていた水滴のせいでずぶ濡れです。
「松岡くん、三日月さんのお母さんの居場所が分かるって何で?」
「三日月さんがいつも大事に持っていたキーホルダーを今はお母さんがお守りみたいに肌身離さず持ってるみたいなんだ。で、そのキーホルダーには一緒に子供用のGPSキーホルダーも付いてるんだ」
「え、そんなこと三日月さん言ってなかったけど」
「三日月さんは知らないよ。三日月さんがああなってしまう前に落としたのを森野くんが預かっててね。それをお母さんに返す時に僕が付けさせたんだ。子供用なだけあって可愛いケースに入ってたから案外気づかれなかったよ」
「森野……王子くん? そんなことして王子くん怪しんだりしなかったの?」
「森野くんもやましいことがあったからね。こっくりさんの十円玉を動かしたの森野くんなんだよ。三日月さんに頼られたかったからだって。でも、でたらめだったはずなのにどんどん変な感じになっちゃったから怖くなったんだって」
「松岡くん」
「うん?」
「あんまり悪いことしちゃ駄目だよ」
「僕だって人の命が関わってなきゃこんなことしないよ。GPS結構高かったし」
生い茂っていた雑木林の道を出ると、ぱっと明るい光が目に入って、くらっとします。まだ雨は止んでないのに日が差してきました。雨粒がキラキラと太陽の光を反射して、いつもより世界が眩しく見えます。
大きな川に架かる橋の上に一人、人影が見えます。まさに今、欄干を乗り越えようとしていますがまだ遠くて間に合いそうにありません。
「逃げるな!」
全力で叫びます。人影がぱっとこちらを見ました。彼女は大きく目を開いたまま動きを止めました。私ではなく空を見ています。あと三十メートル、あと十メートル、走ったままの勢いで体当たりします。
橋の上、私と三日月さんのお母さんがごろんと転がります。
「逃げるな」
これ以上変なことをされないよう体の上に乗って全体重で押さえつけました。ゆっくり、彼女が目を合わせます。
「もう無理なの、もう……取り返しがつかないの」
小さな子供のように震えていました。
「悪いと思ってるなら謝って! 三日月さんに、芝原さんに、万里さんとその子供に、お父さんにお母さんに、黒木さん達に……バーベキュー場の人に、謝って! 悪い子としちゃったと思ってる人全員に謝って! 何もしないで逃げるな卑怯者! 大人なんだからそれくらいしてよ! 大人なんだからちゃんとしてよ……お願いだからちゃんとして。…………会いたかった。芝原さんにもう一度、会いたかった。お父さんに一度でいいから会ってみたかった。自分で勝手に会えないようにしないで。話も何もしないで、勝手なことしないで」
その後のことは良く覚えていません。人がたくさん集まってきて、三日月さんのお母さんは何処かへ連れて行かれて、私も別の場所に移動してました。
一つだけ、はっきり覚えています。橋の上、私の後ろの空にとても大きな虹がかかっていました。




