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8-7


 誰かが建物内に入ってきます。入ってきた人物は、何故か出入り口付近から移動しません。


「芽生ちゃん」


 建物中に響く声で大家さんが私を呼びます。


「話をしようか」


 焦りも怒りも何もない、いつも通りの穏やかな声でした。


「沙那を返してくれないかな。そうしたらお友達には何もしないし、何処に居るかも教えるよ」


 沙那さんが私の手を握りました。かすれる声で喋ります。


「私は大丈夫だから……あの人私には何もしないから……」


 震える手で、真っ青な顔で、一体何が大丈夫なのでしょうか。


「馬鹿、そんな約束あいつが守る訳ねぇだろ。俺達を見逃すはずがねぇだろ」

「そうだよ。それにあなたが無事に帰ってくるのをみんな待ってるの。あなたが帰らないと終わらないの。もう、全部終わらせなきゃいけないの」


 ここまできて諦める訳にはいきません。精一杯の勇気を掻き集めます。


 一人階段を下りて、スマホを掲げながら大家さんの前に出ました。暗がりに大家さんが立っています。出入り口のガラス扉が雷でピカッと光って、その時だけ大家さんのいつも通りの穏やかな顔が見えました。


「それは動画を撮ってるのかな?」

「テレビ電話。通報もしてるよ」

「頭良いね」

「もう口封じとか意味ないから」

「困ったな。まだ色々と準備終わってないのに」


 あまりにも緊張感がなくて、こちらがおかしいのかと不安になってきます。


「山田さんは何処に居るの?」

「沙那を返してもらってないから言えないね」

「そもそも何で沙那さんを誘拐したの? 親戚なんでしょ?」

「可愛い姪を殺す訳にはいかないからね」

「何それ、どういう意味?」

「……」

「私のお父さんと芝原さんの奥さんが亡くなった火事、大家さん何かした?」

「……」


 微笑んだまま何も言いません。答えるつもりがないようです。


「じゃあ、和兎くんは? 小泉和兎くん。何で殺したの」


 ほんの一瞬、大家さんの表情が変わりました。


「殺してない」


 それ以上は喋りませんでした。


「じゃあ何をしたの。和兎くんは何処に居るの? 大家さんは一体何がしたいの?」


 ドォーン!


 強烈な音と光が窓やガラス扉から襲ってきました。落雷です。目がくらんでまぶたが思わず閉じ、再び目を開けた時には目の前に大家さんが居ました。突き飛ばされ、床に叩きつけられ、首を鷲掴みにされてしまいました。


「沙那、出ておいで。早くしないとこの子の首が折れちゃうよ」


 沙那さんの悲鳴と知念くんの声がします。


「やめて、行くから何もしないで」


 足音が近づいてきました。駄目、こいつの話を聞いちゃ駄目って叫びたいのに声が出ません。押さえつけられているから、暗がりでぼんやり見えてる笑う大家さんの顔しか見えません。


 急に、大家さんの顔から笑顔が消えました。


「沙那? どうしたんだい? 危ないよ?」


 何が起こっているのかさっぱり分かりません。


「その子に何かあったら私も死ぬ」

「分かった、分かったからそれを放すんだ」

「その前にその子放して」

「……」

「放して! 今すぐ放して! 何でそんな酷いことをするの? 何でそんな簡単に人を殺すの!」

「可愛い姪なんだろ? こいつを傷つけて楽しいか。それとも、やっぱり他の奴らと同じでどうでもよかったのか」


 沙那さんと知念くんが大家さんをなじります。大家さんは酷く困惑したような顔に変わっていました。幼い頃から会っていた大家さんですが、こんなにも感情的な顔は見たことがありません。


「沙那! 包丁を放せ! この子がとうなっても……」


 急に私の首を掴む手が緩み、大家さんが私の横に崩れ落ちました。すぐ後ろに物騒なものを持った松岡くんが立っています。


「地下の段ボール箱にいっぱい入ってたから借りたよ、スタンガン。何に使ってたのか知らないけど、ちゃんと使えて良かった」


 余裕たっぷりに言い捨てる松岡くんを、動けなくなった大家さんが睨み付けています。


「山田さんは? 山田さんは何処に居るの!」

「大丈夫だよ芽生ちゃん。連絡来たから」


 松岡くんが横目でスマホを操作しています。


「電気もガスも通ってない空き家で三日月さんのお母さんに見張らせてたんでしょ? カセットコンロとお茶セットだけ用意して。でも空のスプレーがいくつもあったから念の為に換気してるって。何でだろうね」


 大家さんがふっと笑いました。そして、とても小さな声で「流石に何度も上手くはいかないか」と呟きました。

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