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「私、もう帰るね。湿布代いくらかな」
「一枚くらい良いですから。それよりその足で帰れるんですか」
「コミュニティバス乗り継げば何とかなると思うし、だいぶ良くなったし」
「いや待て、一応うちのに迎えに来させる」
「え、いや悪いから」
山田さんが険しい顔で窓の外を見ていました。何故かカーテンを閉めてから、その隙間を指差しています。良く分からないまま隙間から外を見ると、ボサボサの生け垣の一部がもぞもぞ動いています。
「見られてる。多分一、二年のガキだけど、何してくるか分かんねぇ」
「さっきの子?」
「一瞬見えた服が違う。アミラ呼んでる間に用事済ましとけ」
「分かった」
困惑している黒木さんを余所にして山田さんは電話を、私はお母さんの仕事のものを捜します。
「ごめんなさい。今この町、本当におかしくて」
「あ、は……はい」
十数分後、アミラさんが車に乗ってやって来ました。
「えっと、怪我人が君で変な子に監視されてるってのはあそこの子?」
アミラさんが全然違う場所を指差します。違いますが、確かにそこにも誰か居ます。
「何人居るんだよ」
「確かに気味悪いね。君、名前は? 流石によその子を勝手に車に乗せるのはマズいから親に連絡取れないかな」
「黒木です。はい、でも仕事中だからどうかな」
黒木さんがスマホでメッセージを送ると、折り返し電話がかかってきました。
「今大丈夫? 足ひねっちゃって、知り合いの家族が送ってくれるって言ってるんだけど……」
アミラさんが電話を代わり、話をしています。その間に私と山田さんは戸締まりを済ませました。
「戸締まり終わった? 黒木さんは川向うの病院まで乗せて行くことになったから」
「終わりました」
「じゃあ乗って」
私達を乗せた車がゆっくり走り出します。見ない方が良いとは分かっているのに、振り返ってしまいました。
道まで小さな子供が何人も出てきて、こちらを見ています。一人、園児くらいの小さな子が走って追いかけてきています。もちろん追いつくはずもなく、どんどん離れて見えなくなりました。
「あれ、本当に生きてる人間なんですよね」
黒木さんの顔が青ざめています。ルームミラー越しにアミラさんと一瞬だけ目が合います。
「芽生ちゃんも家に戻る時は私が送るから。預かってる以上、怪我一つさせる訳にはいかないから」
「……はい」
車はどんどん進み、大きな川を渡る橋を過ぎると車窓から見える景色が馴染みのないものになっていきました。名前だけは聞いたことのある病院に着き、出入り口近くに黒木さんを降ろします。
「一応、黒木さんのお母さんに挨拶しないとだから私は待つけど、二人はどうする? 車で待ってるならエンジンかけとくけど」
「いや、あの辺で遊んでる」
病院の近くには公園がありました。遊具はありませんが、不思議なオブジェや綺麗な花壇がありました。花壇にちゃんと花が咲いているのを見たのは久し振りかもしれません。
「さっきの話、どうする」
「うーん、沙那ママ達四人に直接訊いてやりたいけど、どうやったら会えるのかも分かんねぇし。沙那ママは遠くに居て、にいなママは何か危ねぇし。三日月ママは姫も連絡付かねえみたいだし、となると堂本の伯母……は、どうなんだろ。分かんねぇ。一度松岡に訊いてみるか」
「何で松岡くん?」
「あいつ、一話せば十調べて来るじゃん。それにあいつが嗅ぎ回ってるぶんには私らに危険が来ることはないだろ」
「悪い女」
「あいつも十分悪い奴だぞ。おあいこだ」
病院の方からアミラさんの呼ぶ声がしました。呼ばれたので行ってみると、小柄で大人しそうな見た目の黒木さんとはタイプの違う大人の女性が立っていました。明るい髪色だけど頭のてっぺんが黒い女性は、山田さんを見て一瞬だけ目を丸くしました。
「娘を助けてくれてありがとうね」
黒木さんのお母さんは私達に深くお辞儀をすると、黒木さんと共に病院の中に入って行きました。後ろ姿のまとめられた髪から、ちょろっとはみ出た髪の毛はウェーブしていて黒木さんに良く似ていました。
町のいたる所から音楽が聞こえてきました。この町の正午を知らせる町内放送のようです。
「お昼になっちゃったね。何か食べてこうか」
「じゃあハンバーガーが良い。あそこ」
山田さんが指差した先にはファーストフード店の看板がありました。
「芽生ちゃんもそれで良い?」
「はい」
考えてみたらハンバーガーなんて一年以上ぶりでした。一口食べた時の「味が濃い」というのは覚えていますが、頭の中ではさっき見たイタズラ動画がずっとぐるぐる回っていて、どんな味だったのかまでは記憶に残りませんでした。




