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第五話 式部さんと身バレ

 教室が騒がしい。

 いつものことだ。


「静かに! 先生がいないからって、騒ぐのは違うでしょ?」


 学級委員の一条くんの声だ。


 今は、自習の時間。

 先生が荷物を取りに行っている間、生徒しかいない時間だ。


 一条くんは、やはりできる学級委員らしい。

 一方、女子学級委員となった彰子さんは、一条くんに比べると目立ったところがなかった。


 ……まあ、私には関係のないこと。


 そうぼんやり考えながら、ノートの隅にサラサラと筆を走らせる。

 本当に無意識だった。

 無意識のうちに、輝くばかりの顔(かんばせ)が、ノートに誕生していた。


 ヒカルくん。源ヒカルくん、だと思う。

 小説には文字しか載せていないので、読者の方がどう思っているかは知らない。

 が、私の中のヒカルくんは、これだった。


 授業中に落書きなんて、いつもならしない。

 やっぱり、監視の目がなくなると、人って緩むんだな。


 とはいえ、我ながら上手く描けたような気がするヒカルくんを消すのは、作者として忍びない。


「お待たせしました! 授業を再開します」


 そんな声を右から左に聞き流しながら、私はそのイラストの横に小さく文字を書いた。


 源ヒカル、と。


 ―――


 キーンコーンカーンコーン、の鐘の音が、授業の終了を告げる。

 私は、軽く息をつく。


 先生が出ていくのを横目に見送り、ノートをしまおうとして……。


 落とした。


「しまった……」


 私は身をかがめ、ノートを取ろうとした。


 が。


 目の前に見える、白い手。

 それが、私の思考を停止させた。


「あの、どう、ぞ……」


 彰子さん、だった。


「あり、がとう、ございます……」


 差し出される、私のノート。

 私の脳は、思考を再開した。


 これくらいなら、自分で取れたのに。

 学級委員として、働きたかったのだろうか。

 空回りかもしれないが。


 そう、冷静でいられるのも、束の間だった。



 見ていたのだ。


 彰子さんが――私のヒカルくんを。



 彰子さんは、大きく目を見開いた。

 それが、何を思っての表情だったのかは、知らない。


 せめて、閉じて渡してよ。

 私は、半ばふんだくるようにしてノートを受け取った。


「ありがとうございました」


 極上の笑顔を顔にペーストして、そそくさと退散する。

 とりあえず、トイレは安全圏だ。


 ―――


 他人の数学のノートを、勝手にめくってしまっている。

 罪悪感は、正直かなりある。


 ただの、数学のノート。


 それなのに。


「源、ヒカル……」


 わたし・藤原彰子の目には、宝石のようにうつってしまった。


 だって、彼を知っている人は、わたしと彼女しかいないから。


 そこから、わたしが自然に考えついた妄想があった。

 馬鹿げた妄想だと、笑われるかもしれない。

 この仮説が、本当なのだとしたら。



 もしかして、式部さんは――。



「彰子、さん……?」


「っ!」


 顔を上げると、そこにはノートの持ち主がいた。


 なんて、言おう。

 なんて、謝ろうか。


 わたしの頭の中は、それでいっぱいになった。


「あ、あの、イラストが、見えて……すごく、その、気になったから……駄目だってわかっていたけど、その……ごめんなさい……!」


 わたわたしてしまうのは、わたしの癖。

 そして、性格だ。

 学級委員なんて、向いていない。


 涙が出そうだ。



 でも。

 頭の中には、馬鹿馬鹿しい妄想。

 わたしの妄想が、本当だったら……。



「式部さん」


 はっきりと、声が出た。

 自分でも驚くくらい、芯のある声。

 無意識だった。


「式部さんは――藤香さん、なんですか?」


 彼女の細長い目が、ゆっくりと開かれていった。

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