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第十九話 納言さんと桔梗色のノート

 空っぽの定子さまの席を見て、私はため息をついた。


 定子さまは、ここ一週間、学校に来ていない。


「寂しいんですか?」


「わっ、世尊寺」


 私の席の周りに、世尊寺がやってきた。


 彼なりに、励まそうとしてくれているのだろうか。


「家庭教師には、行っているのでしょう?」


「そうだけど……。学校でお会いできないのは、寂しいよ」


 口に出してしまうと、さらに想いがつのっていった。


 定子さまに会いたい。

 定子さまとお話ししたい。


「定子さまのお顔が見たいよ……」


 目の奥が、ツンとする。


 私の呟きは、教室の喧騒に消えていった。


 ―――


 その日は、詩歌同好会の活動があった。


 私、世尊寺、公任、四条先輩、全員揃っている。


「納言さん、どうしたの?」


 四条さんに尋ねられるほど、私は落ち込んでいるみたいだ。


 事情を知っている世尊寺が、私をチラッと見た。


「知っているとは思うんですけど……。伊周さまが退学されてしまって」


 四条先輩は、私の話を全部聞いてくれた。


 定子さまの元気がないこと。

 定子さまが、学校に来ていないこと。


 全て、全て話した。


「そうか……」


 四条先輩は、席に座って本を開く。


「今日は、そんな納言さんにぴったりな和歌について話そう」


 四条先輩が黒板に書いた一文は、こういうものだった。



 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな



「恨めし……。どういう、意味なんですか……?」


「さ、自分で考える!」


 ええー? と声を漏らし、私は黒板を見た。



 明けぬれば



 夜が明ける、ということ?

 「ば」は「ならば」という意味だよね。

 とりあえず、「夜が明けたら」、と訳しておこう。



 暮るるものとは



 暮らすってこと?

 いや、でも日が暮れる、の方もある。

 「日が暮れるものとは」、かな。



 知りながら



 知りながら何かをする、という意味では、さすがにないか。

 でも、知ってたってことだよね。

 なんとなく、雰囲気は掴めてきたぞっ。



 なほ恨めしき



 それでもなお、恨めしかった。



 朝ぼらけかな



 朝ぼらけ。

 明け方のことだったような気がする。


 これで、全体の意味を繋げていくと……。


「……夜が明けたら、日が暮れるものとは知っていたけど、それでもなお明け方が恨めしい……?」


 こんな意味な気がする。


 四条先輩を見る。

 先輩は、ふわりと笑って拍手をした。


 って、ことは……?


「正解。僕から補足をすると、これは後朝の歌なんだ」


 後朝の歌。

 男女が夜を共に過ごしたあとの、朝に送る歌のことだ。


「あっ、夜が明けて、彼女と離れ離れになったから『恨めしい』んだ!」


「そういうこと」


 わかった。

 私にも、和歌の意味が。


 昔の人が書いた文が、今でも解読できるなんて。

 結構、楽しいかも!


「で、日が暮れたらまた会えるんですね?」


「そう。本に載っている現代語訳を要約すると、『夜が明けて、また夕暮れがやってくるのはわかっているけど、それでもあなたのいない夜明けは寂しい』という意味になる」


 それって……。


 今の私と、一緒かも。


 定子さまといつかは会えるとわかっているのに、会えないこの時間が寂しい私と。


 胸の奥が、じくじくと疼いた。


「この歌は、藤原道信という人が書いた、百人一首にも載っている歌なんだ」


「……先輩と、名前が同じだ」


 私たちは、くすりと笑った。


 それに、藤原という名字も、定子さまと一緒。


 なぜだか、不思議な縁を感じる人だ。


「この歌は、諾ちゃんに似てるね」


「日はまた暮れますよ」


 公任に、世尊寺。


 私は、なんていい同好会に入ったんだ。


 優しいな、みんな。

 この歌で、私を慰めようとしてくれたんだ。


「不思議でしょ。文章は、僕らに力をくれるんだ」


「文章が、力を……」


 ちょっと待って。


 寂しい思いをしているであろう、定子さま。

 きっと、お力も弱まられているはず。


 それなら……!


「私の文章で、定子さまに力をあげることはできないでしょうか⁉︎」


 四条先輩は、パチパチ、と目を瞬いたあと。


 フフフ、と笑った。


「それが、納言さんなりの答えなんだね」


「はい」


 私は、力強く答えた。


 そして、想いを馳せる。


 今もバッグの中に眠っている、あの桔梗色のノートに。


 ――私の、枕に。

お読みいただき、ありがとうございます。


次回、納言さん編最終話です!


が!


納言さん編終了後、式部さん編が幕を開けます!


お楽しみに。

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