第十八話 納言さんと不幸 後編
「藤原さんのお兄さん……藤原伊周さんが、退学になることになったそうです」
え……?
「嘘、だよね?」
最初に溢れたのは、そんなことだった。
私の声に、世尊寺は目を伏せる。
「残念ながら、嘘ではありません」
ハッと顔を上げて、定子さまを見る。
だから、定子さまはあんなに浮かない顔をしていたんだ。
唇を、これでもかというくらいに噛む。
「あの、伊周さまが……?」
「……はい」
事実を淡々と伝えてくれた世尊寺だったが、少し辛そうに見えた。
私に伝えたら、私が絶望するということに気づいていたのかもしれない。
……辛い役を買ってくれて、ありがとね。
「なんで、退学に決まったの? 詳しく教えてよ」
平静を装って私が問うと、二人は顔を見合わせた。
秋月が、慎重に口を開く。
普段はおちゃらけているくせに、変にメリハリのあるやつだ。
「先輩は、花山生徒会長と喧嘩になったみたいなんだ。なんでかは知らないけど、噂では……」
秋月は、口の横に手を当て、声をひそめた。
な、なに?
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「先輩の彼女が、生徒会長と浮気してると勘違いしたみたいなんだ」
「……は?」
思わず、間抜けな声が出た。
勘、違い?
あの、完璧な伊周さまが?
頭に思い浮かべる伊周さまと、「勘違い」という言葉。
それが一致しなくて、私は首を傾げた。
「信じてない顔ですね?」
そりゃそうだ。
伊周さまが、そんなヘマで大ごとを起こすなんて、ありえない。
「花山生徒会長の彼女は、藤原先輩の彼女の、妹なんだってよ」
「……一応、事実だけ受け止めとくよ」
信じられないですよ、伊周さま。
そんなこと、あなたならするはずがないですよね?
真っ白になった頭のまま、自分の座席へと歩き始めた。
そして、定子さまの隣を通るとき。
「本当よ……」
そんな声が聞こえたのを、私は聞き逃さなかった。
ああ、本当なんだ。
そんな波紋が、心に広がっていった。
そして。
クラスメイトが、みんな定子さまを見ていたことに、今さらながら気がついた。
―――
伊周さまは、私立平安学園を去った。
伊周さまがいない学園。
それは酷く冷たく、退屈なものに感じられた。
それにつれて、定子さまに向けられる視線も、日々多くなっていった。
家庭教師として、おそばで関わることの多い私から見ても、今の定子さまのお心には傷がついている。
きっと、一条さんも感じているのではなかろうか。
定子さまの、元気のなさに。
「お元気ですか……と聞くのは、違いますね。病人でもあるまいし」
「私は元気よ。大丈夫」
そんな張りのない声で言われて、信じる馬鹿がどこにおりますか?
そんな会話を、何度繰り返したことだろう。
定子さまだけじゃない。
藤原家の方々は皆、疲れているように見えた。
私は、どうすることもできないのだろうか。
どうすることもできず、定子さまは弱られてしまうのだろうか。
不幸に見舞われ、さらに視線を向けられ。
そんな日々が続いていく中、ついに。
定子さまは、学園に来なくなった。




