第二十二話 納言さんと同好会の夏休み
「おはようございます!」
私たち詩歌同好会は、京都駅で待ち合わせをしていた。
先に着いていたのが、四条先輩と、世尊寺。
私は三番目みたいだ。
四条は、まだ来ない。
「おはよう、納言さん。ちょうど七分前だね」
「おはようございます。公任は来ないですね」
世尊寺は、きょろきょろと周りを見る。
そして、二分ほど経ったところで、ようやく四条がやってきた。
「もう、遅いよー。何してたの?」
「ハァ、ハァ、五分前でしょ、セーフだよ……」
四条は、息を切らしている。
四条先輩は、そんな四条を無慈悲にも無視した。
「さ、電車が来るよ。行こうか」
私たちは、電車に乗るために歩き始める。
無視された四条は、額から滴る汗を白いハンカチで拭って、爽やかに微笑んだ。
「諾ちゃんの私服、初めて見るなぁ。かわいいね」
「えー、そう? ありがと」
切り替えの早いやつだ。
少しチャラさは感じるけれど、服装を褒めてくれるのは嬉しい。
私は、流行りのワンピースを着ていた。
薄い黄色で、ひらひらとしていておしゃれだ。
せっかくのお出かけ、おしゃれしていきたいもんね!
「四条の服も、かっこいいじゃん」
四条は、水色のポロシャツに、黒の長ズボンを合わせていた。
中学生の男子にしては、とてもセンスがいい。
私が褒めたことに驚いたのか、四条は少し目を見開いた。
が、すぐにふわりと微笑みを浮かべ、「ありがとう」と言った。
……かと思えば、「それと」とずいっと体を前に出し、人差し指を立てる。
その表情は、優しくお説教をする先生みたいだ。
「四条って呼ぶの禁止。ここに、四条は二人いるんだから」
そういえば、そうだ。
四条道信先輩と、四条公任。
「わかった。公任」
「それでよし」
四条――公任は、満足げに人差し指を引っ込めた。
少しくすぐったいけれど、悪くない。
改札を通り過ぎて階段を降りると、そこには数人の人が立っていた。
私たちも、そこに混ざる。
「逢坂の関が見れるなんて、楽しみ〜」
「ですね。実際に訪れると、また何かわかるかも」
世尊寺は、眼鏡の奥の瞳を、珍しくキラキラとさせていた。
ふーん、コイツも楽しんでるってことね。
数分後に現れた電車を前に、私も微笑んだ。
逢坂の関、待っててね。
すぐに着くから。
私たちは、全員で電車に乗り込む。
電車の中はガラガラで、空調が効いていた。
「あー、涼しい。生き返る〜」
「ね。あ、あそこ空いてるよ。座ろうか」
公任が指差した場所を見る。
四人で近くに座れそうだ。
ただ、二人ずつなので、わかれなければいけない。
「うーんと、じゃあ僕と公任が隣になるから、納言さんと世尊寺くんで座ってもらってもいい?」
「わかりました」
「オッケーです」
私と世尊寺は、それぞれ返事をした。
「あんた、乗り物酔いするっけ?」
「……はい」
「じゃ、窓際に座りな」
「ありがとうございます」
世尊寺は、窓際の席に座った。
私は、その隣に腰掛ける。
まもなくして、電車が出発した。
ゆったりと、電車が揺れる。
隣を見ると、世尊寺は懸命に外を見ているようだ。
本当に酔いやすいらしい。
「楽しみだね」
私は、一言だけ声をかけた。
「……はい」
世尊寺は、目を細めて、少しだけ笑った。
小さな会話のあとは、何も続かない。
でも、沈黙さえが、和歌の世界に繋がる切符のように感じた。
―――
「着きましたね〜」
途中、乗り換えを挟みなから進んでいった私たちは、やっと地面に降り立った。
「ちょっとお疲れかな?」
「ふふふ、はい、少し」
私がそう答えると、四条先輩は少し意地悪に笑った。
「あと五分くらい歩くからね」
……鬼。
振り返ると、世尊寺が少し疲れた顔をしていた。
「大丈夫? 酔った?」
「……少しだけ」
公任が、背中をさすっている。
そうしていると、少しは落ち着いてきたようだ。
少し休憩を挟み、私たちは歩き始めた。
「意外と、ここらへんは森って感じじゃないね」
「そうですね。……もう少しすれば、自然が見えてくると思います」
少し元気になったのか、世尊寺の蘊蓄が復活だ。
しゃべりながら歩くこと、五分。
私たちは、逢坂山関跡にたどり着いた。
「うっわー……」
私の口から、間抜けな声が漏れる。
ここを、歌人たちは詠んだんだ。
恋しい人に逢えない寂しさを。
出会いと、別れを。
隣を見る。
みんなが、思い思いに石碑を見ていた。
私は、石碑に目を戻す。
最初は、ここで和歌を勉強するという目的だったけれど。
圧倒されて、勉強どころではなくなってしまったのだった。




