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第十七話 納言さんと演劇/不思議の国の竹取ラプンツェル

 煌びやかな衣装に身を包むクラスメイトたち。


 明るく舞台を照らす照明。


 ――ああ、始まるんだ。


 ここから、私の描いた物語が、あの舞台で演じられる――。


 ―――


 体育館の舞台袖から、客席の様子を伺う。


 うわぁ、人がいっぱいいるなぁ……。


 私の胸は、ドキドキと高鳴った。


「緊張してるの?」


 定子さまが、私の隣からイタズラっぽく顔を出す。

 それだけで、私の心臓はドックンドックンと跳ねた。


「す、すみません……。出演もしないのに、私が緊張してしまって……」


「ふふ、いいの。納言さんが紡いだ物語でしょう? その物語がおもしろいかおもしろくないかは、今あそこにいるお客さんたちに委ねられる。おもしろくなかったら、と思うと、怖いわよね」


 私は、ギュッと唇を噛む。


 そうだ……怖い。


 でも、せっかくここまで作り上げてきたのだ。

 (創造主)が逃げ出すわけにはいかない!


 私は、フッと顔を上げる。


 そして、今から物語を届けるお客さんへと視線を向けた。


 絶対、後悔はさせないから!


 ブー


 開演のブザーが鳴る。


「それじゃ、行ってきます」


 主人公を演じる定子さまが、私たちに手を振って歩いていく。


 ――明るい、ステージへ。


 ―――


 私たちは、物語を融合させて一つの物語を作ることにした。


 始めは、主人公を演じる定子さまによるナレーション。

 私たち裏方は、照明や音響などの機材が置いてあるところや袖で、舞台を見守っていた。

 私は、袖で定子さまを眺めていた。

 定子さまは、美しいドレスに身を包んでいる。

 はあ、なんてお綺麗なの……。


 見惚れていると、定子さまが語り始めた。


「今は昔、魔女といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」


 ナレーションに合わせて、魔女役である和泉が袖から出ていく。

 とんがり帽子に黒いローブという、誰もがイメージするであろう魔女の衣装だ。

 背景は竹林になっている。

 それに、いきなりの古文調の語りに、お客さんが驚いた顔をしているのが袖からも見える。

 ふふふ、予想通り。

 あと、魔女のいる世界線で竹があるのか、ということには、目を瞑っていただきたい。


「その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり」


 和泉、いいえ魔女が、光っている竹の中を覗き込む。


「それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり」


 魔女は、竹の中から光り輝くばかりに美しい金髪の赤ちゃんを取り出す。


 もちろん、作り物だ。


 魔女は、その子どもを連れて帰る。

 そして、監禁した――塔の中に。


 そうとも知らずにすくすくと育った女の子は、たったの三ヶ月で大人になった。

 そうして長く艶やかな金髪を持つ娘は、「ラプンツェル」と名付けられたのだった。

 ついでに、魔女のことは母親だと思っている。


 定子さまは、紫色のドレスをまとう、ラプンツェル役だ。

 何も知らずに、絵などを描いて遊んで暮らしている。

 外の世界も、知らずに。


 なぜだか知らないが、あるとき「塔にたいそう美しい娘がいる」との噂が広まった。

 一度も外に出たことがないのに。

 そうして、魔女のもとに「ラプンツェルと結婚したい」と言う五人の貴公子が訪ねてきた。


「お前と結婚したいって言う人が、こんなにも!」


「私は嫌です。お母さま、断っておいてください」


 ラプンツェルはきっぱりと断ったが、五人の情熱は冷めない。

 そこでしかたなく、無理難題を押し付けて結婚を諦めてもらうことにした。


「ストーン王子は仏の御石の鉢を。アベルさまは火鼠の皮衣を。コーパスさまは竜の首にある五色に光る玉を。アッパーさまは燕の持たる子安貝を。そして、カー王子は蓬莱の玉の枝を」


 貴公子たちは何年もかけて探すが、そんなものは存在しないので、当然見つからない。

 秋月の演じるカー王子なんか、まるで本当のことのように魔女に話すものだからおもしろい。


「これが私の探していた山だ! と思って。ですが、やはり恐ろしかったのです。山の周囲を船で二、三日まわっていたんですよ――」


 旅の様子を話したあと、蓬莱の玉の枝を取り出し、魔女に手渡す。

 本当にあったのか、と魔女はたいそう驚いていた。


「とても見劣りするものですが、ラプンツェルさんが仰っているものに違いないでしょう」


 するとそこに、数人の者たちがやってくる。


「ちょっと王子、千日も働かせられていたのに、まだ給料をいただけていないのですが!」


「こんなところで何をしているのですか、早くお願いしますよ!」


 というわけで、王子の策は簡単に見抜かれてしまったのである。


 コミカルな場面に、観客はくすっと笑ってくれていた。

 よかった……。


 が、わちゃわちゃとした様子を上から見ているラプンツェルは、寂しそうな表情をしていた。


「私も、外の世界が見たい――」


 なんと、五人からの求婚を通じて、一度も降り立ったことのない外の世界に興味を持ってしまったのだ。


 ―――


「大変だ!」


 舞台裏。

 音響を担当している女子が、椅子にもたれかかっている。

 近くにいた男子が、客席に聞こえないくらいの声で叫んだ。

 一体何ごと⁉︎

 裏方やまだ出番ではない役者など、舞台裏にいる私たちは声のした方へと駆け寄った。


「何があったの?」


「ごめん、私、気持ち悪くて……。もうすぐ出番なのに、出られないかも……」


 彼女は、このあと登場する白うさぎの声とぬいぐるみの操作を担当することになっていた。

 出番はすぐあと。

 どうすればいい――?


「誰か、代わりに出られないの?」


「でも、台詞を覚えている人なんているのか?」


「私はムリ!」


 ざわざわとしたしゃべり声が、耳を撫でる。

 白うさぎの台詞を全て覚えている人なんて、いないでしょ……。

 こんなところで、この劇を終わらせたく、ないな……。


「納言さんは?」


 不意に、世尊寺の声が聞こえる。

 私は、ハッと顔を上げた。

 周りのクラスメイトたちは、キラキラとした眼差しで私を見つめる。


「白うさぎの台詞、全部覚えてるよね?」


「う、うん、一応ね……」


 だって、書いたの私だし。

 構成も、台詞も、だいたい頭に入れている、はずだ。

 って、この流れはもしかして……?


「納言さん、お願いしてもいい……?」


 白うさぎ役の女子に、青白い顔で見つめられる。

 私が、白うさぎを……。

 正直、やりたくない。


 でも、それよりももっと、この物語を終わらせたくない気持ちがある。


 私は、クラスメイトみんなを見まわす。

 みんなが、私に期待している。

 そんな表情させられたら、私がやるしかないじゃん……!


 私は、机に置いてあった白うさぎのパペットを手に取り、手にはめた。


 もう、出番だ。


「行ってくる」


 みんなの期待の眼差しを背中に背負いながら、私は舞台へと上がった。


 ―――


 ラプンツェルは魔女が寝静まったあとに、そっと外へと繋がる螺旋階段を降りていく。


「あなたが、ラプンツェル?」


「しーっ、お母さまが起きちゃうでしょ……って、うさぎ⁉︎」


 ラプンツェルの前に現れたのは、白いうさぎ。

 服も着ているし、人の言葉をしゃべっている。

 ラプンツェルは、とても驚いたように目を見開いた。


 ハリボテの階段の裏で、私は身を潜ませていた。

 手には白うさぎ、のパペット。

 パペットの下でじっとりとかいた汗が気持ち悪い。

 緊張で、声も少し裏返ってしまった。


 しっかりしろ、納言諾。

 お腹から声を出して、観客に届かせろ。


 私が舞台に上がってきたことで、ラプンツェルを演じる定子さまはたいそう驚いてらっしゃった。

 そのおかげか、演技も本当に驚いたようになっていた。

 私の存在が定子さまのお役に立てたなら、なによりだ。


 白うさぎは、階段の下へと降りていく。


「待ってよ! って、あああああぁ!」


 ラプンツェルは、白うさぎを追いかけて塔の下へと落ちていく。


 そして、ラプンツェルは不思議な国へと迷い込む。

 ラプンツェルは、体が大きくなったり小さくなったり、と不思議な体験をしていく。

 が、それは全て夢だったのだ。


 というところで、白うさぎの出番は終わる。

 私は、舞台裏へと戻ってきた。

 ああ、よかった……。

 私は、安堵の息を吐いた。


 舞台では、ラプンツェルの髪に王子がぶら下がっている……のではなく、髪を使って塔へ招き入れているところだ。

 もちろん、髪はカツラである。

 そして、王子役は一条さんだ。


 定子さまがラプンツェル役と決まったとき、満場一致で一条さんに決まった……少し悔しい。


 ラプンツェルと王子は、恋に落ちた。

 が、会えるのは魔女のいないときだけ。


「お母さま、外に出してくださらない?」


「……今、なんと言った?」


「ですから、外に出させてください、と」


「ダメだ!」


「なぜ、なぜなのです、お母さま!」


 魔女は、ラプンツェルを振り切って行ってしまった。


 その後も、ラプンツェルと王子は互いに会えない時間を過ごす。

 ある日、ラプンツェルは月を見上げて大きく目を見開いた。


「私、帰らないと……」


 王子が塔を訪ねると、ラプンツェルは塔の上から王子を見下ろし、こう言った。


「私は、月の人間なの。だから、帰らないと……」


「そんな、帰ってしまうのか……?」


 ラプンツェルが帰る日、王子は大軍を塔へと送った。

 魔女は、それを見て困惑する。


「ラプンツェル、これはどうなっているのか……?」


「ごめんなさい、お母さま。今まで育てていただき、ありがとうございました」


 ラプンツェルは、不死の薬と手紙を置いて、月の者たちのもとへと向かっていく。

 月の者たちを前にすると、大軍も意味をなさない。

 皆、次々と戦意を失っていった。


「かぐやさま、お迎えに上がりました」


 月の者は、ラプンツェル――かぐやに羽衣を着せる。

 かぐやは、無表情になり、地球を見下ろした。


 月の者と共に、かぐやは月へと帰っていった。



「不死の薬……。ラプンツェルのいない世で生きながらえても、今はない……」


 その後、国で一番高い山に不死の薬と手紙を焼き、王子は一人になってしまった。


 ―――


 客席から、拍手が巻き起こる。

 役者たちは全員で舞台に並び、観客に頭を下げた。

 カーテンコールだ。

 参加させてもらっていいのかわからなかったけれど、私もそこに加わることになった。

 白うさぎ役だからだ。


 改めて客席を見下ろすと、たくさんの人がニコニコと見守ってくれていた。


 ――やり切った。


 私と定子さまは、どちらからともなく顔を見合わせ、笑い合った。

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