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第十六話 納言さんと学園祭

 私立平安学園の学園祭が、ついに始まった。


「お帰りなさいませ〜」


 私は、教室の入り口で微笑んだ。

 私たち一年一組の店は、メイド喫茶。

 一年生と二年生の一部は、春というテーマでやるということで、教室には桃色の装飾が施されている。

 私たちは、メイド服に包まれていた。

 うちのクラスの家庭科部員が作った、自信作だそうだ。

 家庭科部の方々は大変じゃなかったのか……? と思ったが、ノリノリでやってくれたらしい。

 特に、男子にも着せられる貴重な機会! と鼻息荒くミシンを操っていた、と聞いている。

 そして、その男子たちは――。


「おっ、おかえりなさい、ませ……」


 私の隣で呼び込みをしている世尊寺が、顔を赤らめながらそう言った。

 眼鏡の奥の瞳は、わかりやすく泳いでいる。

 私は隣を見て、プククと笑った。


「ほらほら、もっとおっきい声で!」


「くっ、なぜ僕がこんなことを……」


 普段は真面目男子な世尊寺も、今日はメイド姿だ。

 でも、元の素材がいいので、とても似合っているしかわいい。

 オーソドックスな、白黒のクラシカルメイド服。

 世尊寺は、そこらへんの女子と比べても遜色のないくらい綺麗なメイドさんだ。

 それに比べて、私みたいなやつが隣に立っていたら、みんなどう思うだろう……。

 頼むから、綺麗なやつの隣に置かないでくれ。

 私が綺麗じゃないのがバレるから……。

 あまりアレンジをせず、きちんと着ているのが、また憎らしかった。


 そんな悲痛な心の叫びが届くはずもなく、私は新たなお客さん――ご主人様に、営業スマイルを振りまいた。


「おかえりなさいませ!」


「おかえりなさいませ……」


 噛まずに言えるようになってきたじゃない、世尊寺。

 世尊寺は、照れや恥を越えて、もう諦めの境地だ。


「ご注文は何になさいますかーっ?」


 教室の中からは、秋月の元気な声が響き渡っている。

 そんな元気なメイドがいるか。

 私は呆れつつも、密かに笑みをこぼした。

 秋月の日焼けした肌とメイド服がミスマッチで、ちょっと、いや、めちゃくちゃおもしろい。


「おいしくなぁれ、萌え萌えキュン♡」


 キャピっとあざとくお呪いをかけるのは、和泉だ。

 ピンク色を基調としたヘアピンを髪にゴタゴタと盛っているので、春らしい雰囲気も演出されている。

 クラシカルメイド服ではあるが、缶バッジなどの装飾がところどころにされており、現代みも感じられる。

 さすがは、制服すらもかわいく着こなす、おしゃれな和泉だ。


「納言さん、世尊寺くん。二人ともがんばってるわね」


「定子さま! 来てくださったのですか」


 向こうから歩いてくるのは、春の権化かと思うほど神々しい光を放っている、定子さまだ。

 定子さまの当番は午後だったはずだが、もしかして私のために……⁉︎

 はわわと震える私を見て、定子さまはまるでエスパーのようなことを仰った。


「納言さんのためじゃないわ。懐仁が当番でしょう」


 あ……。

 定子さまは、花びらさながらにひらひらと手を振り、温かい笑みを浮かべて去っていった。

 気分が撃沈して肩を落とす私を見た世尊寺は、私に哀れみの目を向けた。

 やめてくれ、惨めになるから。

 定子さまは一条さん目当てだったそうだが、一条さんはどのような姿なのだろう。

 私は一条さんを探した。

 あっ、あの、定子さまを案内しているメイドが、一条さん?

 優しげな雰囲気はそのままに、メイド服のおかげか上品さも追加されている。

 悔しいけれど、私の負けだッ……‼︎

 私が打ちひしがれていると、さらに世尊寺が哀れみの表情になった。


「納言さん、残念ですが懐仁くんには勝てませんよ」


「世尊寺お前ぇ! お前まで一条さんの肩を持つのか!」


「いや、だって懐仁くんお綺麗ですし。納言さんはなんというか……。うん」


「『うん』じゃねえ!」


「納言さん、今の我々はメイドですよ? 慎ましくしてなさい」


 なんと、世尊寺にまで叱られてしまった。

 確かに、世尊寺はとても慎ましやかなメイドさんだ。

 それが、なんか悔しい……。

 私は、ムスッとして黙った。

 しばらく店の外で呼び込みをしていると、定子さまが店を出てきた。


「じゃあね、納言さんたち!」


「楽しんできてくださいね〜!」


 定子さまがひらひらと手を振り、私はブンブンと、世尊寺は小さく手を振り返した。

 その後もご主人様を案内しつつ、世尊寺と雑談をしていると、お昼の時間となった。

 遊びに出かけていたクラスメイトも、教室に戻ってきた。

 もちろん、その中には定子さまもいらっしゃる。

 せっかくなので、まかないを食べさせてもらう。

 料理が得意なクラスメイトたちが、丹精込めて作ったオムライス。


「うま〜! ふわトロだ!」


「ふふ、美味しいわね」


 私と定子さまがオムライスを食べて笑い合っていると、


「定子、午後のシフト頑張ってね!」


 と一条さんが定子さまに笑いかけた。


「ふふ、ありがとう」


「あっ、ちょっと一条さん! 私も言うんですから! ……定子さま、頑張ってください!」


「納言さんも、ありがとう」


 定子さまは、太陽のように笑いかけてくださった。

 私は、それだけで天にも昇る心地がする。

 こんなに素敵な定子さまがメイドの姿になるだなんて、絶対お美しいに違いない。

 できれば、私のメイドになって欲しいくらい……。

 ああっ、でも、定子さまに働かせるのは嫌だ!

 私が一人で百面相していると、定子さまは玉のようにお笑いになったのだった。


 ―――


 私は、午後はクラスの当番がない。

 なので、すっかりいつもの制服に着替え、どこにでもいる学生だ。

 まずは、我がクラスのメイド喫茶、そのあとは二組のお化け屋敷、それからそれから……。

 うーん、多すぎて迷う……。

 私がマップを見て唸っていると、周りから複数の声が聞こえてきた。


「同好会の展示も、忘れないでくださいよ」


「ねえねえ、一緒にまわっていい?」


「オレ、バスケ部のとこ行きたい!」


 慎ましやか、かわいい、元気なメイドではなくなっている世尊寺、和泉、秋月だ。

 この三人がいたら、楽しくなりそう!

 私はマップから顔を上げ、大きく頷いた。


「もちろんだよ! じゃあまずは、うちのクラスから入ろっか!」


「おっけー!」


 私たちは、目の前の教室に入った。


「おかえりなさいませ、ご主人さま!」


 クラスの明るい女子が、メイド服に身を包んで私たちを出迎えてくれる。

 私たちは、その女子にテーブルへと案内してもらった。

 椅子に座って落ち着いたところで、みんなで何を頼むか考え始めた。


「僕は、紅茶で」


「へー、あんた意外とオトナなもの飲むのねぇ。うーん、私もドリンクだけでいいや。この、桃ジュースにしよっと」


「あたしは、ナゴンと一緒の桃ジュースと、いちごケーキにする〜」


「オレはオムライス!」


「秋月食べ過ぎー」


 和泉の言う通り、さっき昼ごはんを食べたばかりなのにオムライスを食べようとする秋月は、ちょっとおかしい。

 私は、少し苦笑した。

 秋月がメイドさんを呼んで、注文を済ませる。

 ちなみに、すごく恥ずかしがっている男子だった(頑張れ)。

 めちゃくちゃおもしろくて、みんなで笑ってしまった。

 世尊寺だけは、たしなめるような顔をしていたが。

 私たちは、注文したものが出てくるまで、雑談をしながら待った。

 しばらくすると、注文したものが運ばれてきた。

 運んできたメイドさんは――。


「定子さま!」


「ふふ、みんな、いらっしゃい」


 定子さまは、私たちに向かって完璧な笑みを浮かべた。

 定子さまが、メ、メイドっ……!

 ちょ、直視できない……っ!

 私は、あまりの眩しさに目を覆った。

 な、なんて素敵なのだろう。

 長い黒髪は一つにまとめられていて、メイド服をきちんと着こなした、まさに模範のようなメイドさま……。

 せ、清楚だ……!


 定子さまが動くたびに、スカートの裾がひらひらと舞う。

 それに合わせて、私の胸もドキドキと高鳴った。


「さあ、ご注文の桃ジュースです」


「あっ、あたしです」


「ちょっと和泉、私もだから! 抜け駆け禁止!」


 私がそう叫ぶと、定子さまはふふっと春の清らかな風のように笑った。


「ちゃんと二人分あるから安心してください、お嬢さま」


 うっ!

 私は、再び心臓発作が起こるのを感じた。

 は、反則ですって……!

 そんなこともお構いなしに、定子さまは注文したものを配っていく。


「メイドさーん、お呪いってやつ、してくださーい!」


「うふふ、いいですよ」


 お、おま、じない……?

 私は、秋月の方を向いた。

 秋月、やりおった。

 私だって、定子さまにお呪いかけてもらいたいんだから!

 でも、私は抑えた。

 定子さまがお呪いをかける瞬間に、邪魔なんて入ってはいけないのだ。


 定子さまは、手を胸の前でハートの形にした。


 時が、止まったようだった。


 私は、定子さまを凝視する。


 定子さまの口が、少しずつ開いていって……。


「おいしくなぁれ、萌え萌えキュン!」


 定子さまの手から、ハートのビームが飛んでいった……ような。

 秋月は、さっそくオムライスに手をつけた。

 スプーンを口に運ぶ。


「うーん、うま〜! ありがとな!」


「ふふふっ、どういたしまして」


 うっ、悔しいぃぃぃぃぃ!


「定子さま! 私の桃ジュースにも、お呪いください!」


「い、いいわよ。萌え萌えキュン!」


 定子さまは、再び手からハートを出した。

 ありがたい……!

 私は、ジュースを口に運んだ。

 ……!


「お、おいしいです……!」


「うーんと、ただのジュースよ?」


 私と定子さまの漫才のような会話に、和泉と秋月は大笑い。

 世尊寺も、フッと柔らかく微笑んだ。

 そうして定子さまを……いいえ、メイド喫茶を堪能した私たちは、一組の教室をあとにした。


 話し合いの結果、私たちは二組のお化け屋敷に入ることにした。

 入り口から全員で教室内に入ると、


「うわぁぁ!」


「キャーーーー!」


 いきなり、お化けが驚かせてきた。

 私と和泉は抱き合いながら、奥へと進んでいく。

 なんなの、この完成度の高さは……!

 そのあともたくさん驚かされたが、特に怖かったのはお岩さんをモチーフにしたエリアだ。


「あの井戸は、なんだろ?」


 震える声で、私はみんなに問う。


「お岩さんじゃないですか?」


 世尊寺は、いつもより硬い声でそう言った。

 お岩さんって、お皿が一枚足りない人?

 私たちは、警戒しながら進んでいく。


「……一枚、二枚、三枚、四枚……」


「な、なんか言ってるわよ。大丈夫なの?」


「大丈夫だろ!」


 秋月はそう言うけれど、先に進むにはお岩さんの隣を通らなければならない。

 進んでいくうちにも、カウントは進んでいく。


「七枚、八枚……」


 私たちは、井戸の隣を通り抜ける。

 ……来る。


「九枚……。一枚足りない……!」


 お岩さんは、私たちに向かって手を伸ばしてくる。


「ギャアァァァァ!」


 私は、無我夢中で近くの人に縋った。

 ……おかしい。

 この感触、制服じゃない……!

 私は、恐る恐る振り返った。


 そこには、ゾンビがいた。


「キャァァァ!」


 私たちは、ゴールへと駆け出した。


 や、やっと終わった……。

 私が息をつくと、和泉と秋月が相変わらずのハイテンションで笑っていた。


「あー、怖かった!」


「二組、気合い入ってたな!」


 本当、気合い入りすぎじゃないの?


 なんか見たことあると思ったら、お岩さん役は図書委員の女子だったし……。


 私は、壁にもたれかかった。


 その後、私たちは他のクラスや高等部にも遊びに行った。

 次に行った三組は、四条(同輩)のクラスだ。

 出し物は射的で、なかなか楽しかった。

 高等部はなかなかハイテクなことをしていて、すごかった。


 次は、定子さまの所属する文芸部へ。

 そこには――。


「うわぁ、綺麗……」


 思わず、感嘆のため息が漏れてしまう。


 そこには、桜があった。


 といっても、今は夏で、ここは室内だ。

 なので、これは偽物。

 だが、絢爛豪華という言葉が似合うような、天井まで届く大きくて淡い桜だ。

 よく見ると、桜の花びらに本の題名が書いてある。

 おもしろい、こうやっておすすめの本を紹介するんだ……!


 私たちが思わず見惚れていると、店番をしている先輩が話しかけてきた。

 以前体験入部に行ったことがあるので、少し知っている。

 名前は確か、香野先輩だったか。


「かわいいでしょ? これ、定子ちゃんのお父さんも協力してくれたんだよね〜」


「道隆さんが?」


 私たちは、一斉に驚いた。

 でも、あの方ならやりかねない。


 季節外れの桜。

 まるで、定子さまのよう……。


 桜を堪能したあとは、我らが詩歌同好会の展示へ。

 同好会なので、空き教室の壁に展示してあるだけだが。

 私たちは、好きな和歌についての記事を書いた。


 秋月や和泉、一条さんが記事を眺める。

 私と世尊寺は内容を知っているので、後ろに下がる。


「なんか、恥ずかしいね」


「本当ですよ」


 私と世尊寺は、ハハッと笑い合った。

 恥ずかしいけど、自分の書いた文章が読まれるのは、嫌いじゃない。


 明日は、ついに演劇。

 私が時間をかけて準備してきたことが、形になるんだ――!


 私の心臓は、また別の高鳴りをした。

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