第317話 皇帝陛下のクエスト10
白い砂漠に不時着した翠玉の翼。
緊急事態にもかかわらず、ラミトワの操縦は神がかっていた。
その証拠に、船体は全く傾いていない。
俺は抱えていたラミトワを床に立たせた。
「ラミトワ、怪我はないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、マルディン」
俺は操縦室を見渡した。
「みんな、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。それにしても一体何だったのだ?」
キルスが答えた。
どうやら全員無事のようだ。
アリーシャが窓際に立ち、外の様子を確認している。
その表情には、焦りが滲み出ていた。
「マルディン。先程の振動はコル・アビリムの大角です。振動の有効範囲に入ったのでしょう。近くにいるはずです。警戒してください」
「分かった。ラミトワ、船を上昇させるんだ。キルス、俺たちは出るぞ」
すでにラミトワは操縦席の前で、計器類をチェックしていた。
さすがは一流の運び屋だ。
「船体の損傷具合は分からないけど、飛べないほどじゃないよ」
「よし、俺たちが降りたら一旦この場を離れろ。またあの振動に巻き込まれたら、最悪翠玉の翼は大破する」
「え! 危険だよ!」
「俺たちはコル・アビリムを討伐しに来てるんだぞ。危険は当然だ」
「う……、分かったよ」
アリーシャは窓の外に視線を向けたままだ。
「マルディン。砂の壁ほどではないですが、砂に不自然な動きがあります。コル・アビリムが地中で動いているようです」
「了解した。広い砂漠なら好都合だ。コル・アビリムを討伐してくる。狼煙を上げたら迎えに来てくれ」
「はい。気をつけてください」
キルス、ティアーヌ、シャルクナは一階に向かった。
俺もすぐに後を追う。
一階船尾のハッチを開け、キャンプ物資が入った大きな木箱を降ろす。
そして、伝声管に向かって、離陸を指示した。
翠玉の翼が上昇していく。
船底に傷があるものの、飛行は問題なさそうだ。
とはいえ、あの落下で船体が歪んだ可能性もある。
帰ったらラルシュ工業へ点検に出す必要があるだろう。
シャルクナが方位計を取り出した。
「マルディン様、東に一キデルトの方角に、コル・アビリムの巣があります」
「地図もないのによく憶えているな」
「翠玉の翼が落下する距離や、太陽の位置を確認していました」
「あの落下の最中に……。さすがだな」
「と、とんでもないことです」
珍しくシャルクナが頬を赤く染めた。
褒められて照れているのだろう。
もちろん俺は褒めたつもりなどない。
あの落下の中で、冷静に状況を判断していたことに感心せずにはいられなかった。
さすがは黒の砂塵だ。
俺はキルスに視線を向けた。
「キルス、どうする?」
「そうだな。巣から一キデルトの距離であれば、ここをベースキャンプ地にして問題なかろう」
「確かにな。じゃあ、組み立てちまうか」
俺たちはさっそく組み立て式の簡易小屋を建てた。
これはラルシュ工業が開発したもので、冒険者のキャンプに革命を起こしたと言われている。
特に砂漠のような場所だと、テントでは風に飛ばされてしまう。
組み立て小屋の唯一の欠点は重量だが、飛空船で運搬すれば問題ない。
組み立てが終わった小屋の中で、キルスが全員を見渡す。
「ここからは本格的な狩猟だ。皆、準備はいいか?」
「ああ、問題ない。しかし、あの大角が空気の振動を生み出すのであれば、まずは大角を対処しなければならんぞ」
俺はティアーヌを見つめる。
「お任せください!」
ティアーヌが笑顔を浮かべながら、右手で胸を叩いていた。
こんな状況でも、この娘の明るさは変わらない。
本当に頼もしい。
ティアーヌの武器は重槌だ。
剣と違い、破壊を得意とする。
しかも、その素材は俺の愛剣悪魔の爪と同じで、一角虎のネームドであるヴォル・ディルからローザが作った。
間違いなく、この世に二つとない重槌と言える。
「確かにティアーヌの悪魔の重撃なら、大角を破壊できるかもしれんな」
「私もサポートします」
隣でシャルクナも頷いていた。
シャルクナの武器は両断剣だ。
大剣である両断剣は、斬ると同時に破壊もできる。
「此度の討伐は、お主たち二人にかかっている言っても過言ではない。頼んだぞ」
「「はい!」」
「マルディン。私たちは二人が大角を狙えるように立ち回るぞ」
「ああ、任せろ」
コル・アビリムの討伐は、砂上で行われることになった。
当初の想定通りだ。
「おっと、そうだった。リーシュからこれを貰ったんだ」
俺は道具箱から保護眼鏡を四つ取り出した。
「なんだこれは? 保護眼鏡にしては仰々しいな」
キルスが手に取る。
「開発機関で新たに開発した保護眼鏡だ。防塵面と一体型なんだよ。砂漠でも視界が確保できて、呼吸も楽にできるそうだ」
キルスは興味深そうに確認しながら、保護眼鏡を顔に装着した。
「視界が広い。それに、呼吸が楽だぞ。これは凄いな。ふむ、皇軍で導入してもいいだろう」
キルスは早くも気に入ったようだ。
恐らく開発機関の上層部では、それを見越して俺に提供したのだろう。
皇軍で導入となれば数万個単位で発注される。
たった四つの提供で、莫大な利益を上げるというわけだ。
開発機関の局長は、世界一の鍛冶師であるローザだ。
それにしても……。
「ローザさんって、商売もお上手なんですよ。ふふ」
俺の考えを見抜いたティアーヌが、右手を口に添えて笑っていた。
開発機関はギルドで唯一予算を不要としている。
全て独自の収益でやりくりしているのだが、あまりにも好き勝手やりすぎることで時折暴走するという。
そのため、ギルドの暴れ馬と呼ばれていた。
俺は保護眼鏡を包んでいた綿も取り出す。
「ちょうどいいな。キルス、これも使おう」
「綿?」
俺は綿を千切って固く丸めながら、細長い形状に整えた。
「これを耳栓にしよう。あの振動は強烈だ。鼓膜にまで響く。ないよりマシだろう」
「そうだな。良い案だ」
各自それぞれ綿を丸め、耳に詰めた。
そして準備を終え、小屋を出発。
俺たちはまずシャルクナが指し示した場所へ向かう。
一歩、また一歩と白い砂漠を進む。
「見た目は雪原と同じだな」
俺は呟きながら、後ろを振り返った。
四人の足跡がくっきりと残る。
その様子はまさに雪原だが、気温は高く、大量の汗をかくというなんとも不思議な状況だ。
「ん?」
足跡を眺めていると、砂が震え始めた。
「キルス!」
俺は叫びながら、腰の悪魔の爪を抜き放った。
ティアーヌとシャルクナが、それぞれ武器を構える。
キルスもすでに、長剣の砂塵の雷を抜いていた。
砂の振動が徐々に大きくなる。
地中から何かが突き上がってくる感覚だ。
砂が舞い上がり、視界を遮る。
それはまるで吹雪のようだ。
だが、保護眼鏡のおかげで目は開けていられた。
呼吸も問題ない。
「来るぞ!」
悪魔の爪を握る手に力が入る。
防塵面の下で生唾を飲み込んだ。
「グゴアァァァァアアァァァァ!」
砂地の爆発とともに、モンスターの咆哮が鳴り響く。
耳栓をしていなければ、両手で耳を塞いだだろう。
天に届くかのような大角を振り回す砂泳角竜。
コル・アビリムが姿を現した。




