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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第十章 秋の雷光

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第316話 皇帝陛下のクエスト9

 翠玉の翼(ルーディア)が離陸した。

 ラミトワの繊細な操舵により、上昇気流の影響も受けずに船体は安定している。


「上手いものだな」


 キルスが操縦室の窓の外を眺めながら呟いていた。

 いつもならその言葉に反応するラミトワだが、今は一切耳に入っていないようだ。

 いつになく集中している。


 それほど、この場所での離陸が難しいということだ。

 ラミトワは小刻みに操舵輪を動かし、昇降レバーを操作している。


 ラミトワの操作は見事の一言で、翠玉の翼(ルーディア)は深さ百メデルトの縦穴から完全に抜け出した。


「ふぅぅ。もう大丈夫だよ」


 安堵の表情を浮かべるラミトワ。

 額には汗が滲み、水色の前髪が張りついていた。


「ほら、汗を拭け。綺麗な髪が台無しだぞ」

「うん」


 タオルを渡すと、豪快に顔と髪を拭くラミトワ。

 そして、水筒の水を一気に飲み干した。

 まるで風呂上がりのおっさんのようだ。


「ありがとう、マルディン」

「ラミトワ。コル・アビリムの住処は、地上からでも分かるか?」

「うん。シャルクナさんの地図が完璧だからね。特定したよ」


 窓の外に目を向けると、真っ白な砂漠が広がるだけだ。

 目印は何もない。

 それでも分かるというのだから、ラミトワの能力は大したものだ。


 ラミトワはタオルをそのまま首にかけた。


「よっしゃー! 行くぞ!」


 農作業をするかのように操舵輪を握る姿に、俺は笑ってしまった。


「もう、あなたはいつもそうなんですから。ふふ」


 アリーシャがラミトワの首からタオルを取り、丁寧に折りたたんで机の上に乗せた。

 そして、俺に視線を向ける。


「マルディンの話から推測すると、その縦穴はコル・アビリムの巣で間違いないですね」

「そうだな。二角砂蛇(ケラクテス)を食った残骸もあったし、ぐっすり寝ていたよ。砂漠の中で、よくもあれほど快適な住処を見つけたもんだな」


 アリーシャが笑顔を浮かべている。


「マルディン。砂泳角竜(セントラウス)が砂中を泳げる理由をご存知ですか?」

「突然どうした? 大角を振動させるんだろ?」

「はい、そうです。大角を超高速で振動させることによって、前方の砂を動かしながら泳ぐのです。では、砂中に潜るきっかけはご存知ですか?」

「あれか。モンスターの進化の問題だな」


 モンスター研究者の中でも、砂泳角竜(セントラウス)が砂を泳ぐきっかけは意見が分かれる。


「砂中を泳ぐために大角が振動するようになったのか、大角が振動するから砂に潜ったのか、だろ?」


 モンスターの進化を議論する際に、砂泳角竜(セントラウス)の大角は例として使用されることが多い。


「マルディンのおかげで、モンスター学に大きな説が生まれました。ふふふ」

「どういうことだ?」

「コル・アビリムはネームドですが、それは人間が管理するための名でしかありません。あくまでも、砂泳角竜(セントラウス)という種です」


固有名保有特異種(ネームドモンスター)は、種の中から極稀に産まれる特別な個体ではあるが、種としての習性は変わらないそうだ。


「本来は砂中を泳ぐための角の振動ですが、それを利用してコル・アビリムは岩盤を削ったのです」

「なんだって?」

「その巣は加工されたように見えたのでしょう?」

「まさか、コル・アビリムが自分で掘った巣穴だというのか?」

「そうだと思います。コル・アビリムの大角は特別大きいものですから、どこかで岩盤も砕けることに気づいたのでしょうね。つまり、角が振動するから岩盤を掘ったというわけです」

「自分の能力に気づき、それに生活環境を合わせていったということか」

「はい、そうだと思います。研究の余地はありますが、モンスター行動学として学会に発表できる内容です」


 俺たちの会話を聞いていたキルスが、顎髭を擦りながら感心したような表情を浮かべていた。


「なるほど。砂漠の洞窟は、地下水脈によって長い年月を経て作られたものだと言われていた。しかし、コル・アビリムや、それに準ずる個体によって掘られた洞窟も存在するのだな」

「はい。その可能性は非常に高いと思われます」


 ラミトワがアリーシャに視線を向けた。


「そう言われると、翠玉の翼(ルーディア)を停泊させた縦穴も、自然のものとは思えないよね?」

「ええ。恐らく、過去に掘られたものでしょうね」

「じゃあ、大昔にあの縦穴を掘るほどの巨体な砂泳角竜(セントラウス)がいたってこと?」

「はい。もしくは……」


 アリーシャが言葉を止めた。

 だが、その先は容易に想像がつく。

 ネームド以上の存在は、神と言われる竜種や始祖だ。


 こうなってくると、俺にとって話が大きすぎる。

 モンスター研究者であるアリーシャや、皇帝のキルスに任せよう。


「俺はコル・アビリムを討伐するだけさ」


 俺は窓の外に広がる雪の砂漠(セラ・ストゥム)を見つめた。


 ――


「そろそろ到着するよ」


 ラミトワが翠玉の翼(ルーディア)を空中停泊させた。


「シャルクナさんが描いた地図の地表はあそこだね。よく見ると砂に流砂の跡があるから間違いないよ」


 ラミトワが指差すが、俺には流砂の痕跡なんて全く分からない。


「あれ? 高度が落ちてる?」


 高度計を確認するラミトワ。

 言われてみると、僅かに翠玉の翼(ルーディア)が下降しているようだ。


「すぐ上昇させるね」


 ラミトワが昇降レバーを操作した。

 しかし、船体は下降速度を徐々に増していく。


「ちょちょ、ちょっと待ってよ! どうしたんだよ!」


 何度もレバーを操作するラミトワ。


「ラミトワ、上昇させろ!」

「あ、上がらないんだよ!」

「このままだと墜落するぞ!」

「くっ! 前進させるよ! みんな何かに掴まって!」


 砂の上とはいえ、垂直に落下すれば翠玉の翼(ルーディア)は大破する。

 ラミトワは咄嗟の判断で、翠玉の翼(ルーディア)を前進させた。

 砂漠に向かって斜めに着陸させるのだろう。


「きゃっ!」

「み、耳鳴りが……」


 アリーシャが叫び声を上げ、ティアーヌが両手で耳を塞いだ。


「ぐっ! な、何だこれは……」


 脳に響くような耳鳴りが発生すると、船体が細かく振動し始めた。

 シャルクナやキルスも耳を塞いでいる。


「ラミトワ! 大丈夫か!」


 俺はすぐにラミトワに視線を向けた。


 操舵輪から手を離せないラミトワは、唇を噛み締めながら必死に操作している。

 俺はラミトワの耳を両手で塞いだ。


「マルディン!」

「いいから! 操縦に集中しろ!」


 強烈な耳鳴りで、鼓膜が破れそうだ。

 だが、手を離すわけにはいかない。


「着陸するよ! 掴まって!」


 ラミトワが叫ぶと、翠玉の翼(ルーディア)は砂上に着陸した。

 凄まじい衝撃だ。

 身体のバランスを大きく崩したことで、ラミトワから手を離してしまった。


「ぎゃああああ!」


 最も身体が軽いラミトワが、宙に投げ出された。


「ラミトワ!」


 俺は咄嗟に糸巻き(ラフィール)を発射。

 ラミトワを空中で巻き取り、そのまま受け止めた。

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