目的は奴隷売買網の壊滅。目標は闘技大会の優勝。
数日後。
風邪もすっかり治ったターケシたちは、王宮を訪れていた。
目的は二つ。
黒蛇の壊滅。
そして職人街解放の報告である。
同行するのは、職人街の代表とも言えるドワーフ職人オルフェン。
王宮の案内役に導かれ、一行は応接室へ通される。
重厚な扉が開く。
部屋の奥では、アルフォンス第二王子が穏やかな笑みで待っていた。
「よく来てくれた。」
王子の左右には、信頼する側近たちが並んでいる。
文官。
近衛騎士。
そして赤髪を短く切り揃えた女騎士、リディアも静かに控えていた。
彼女はターケシたちを見ると、小さく頷く。
ターケシも軽く会釈を返した。
アルフォンスは椅子を勧める。
「まずは報告を聞こう。」
ターケシは一歩前へ出る。
「黒蛇の本拠地は壊滅しました。」
「首領格と思われる者たちは逃走しましたが、構成員は散り散りとなり、職人街を支配していた組織は事実上崩壊しています。」
王子は静かに頷いた。
「そうか。」
続いてオルフェンが前へ進み出る。
大きな包みを机の上へ置いた。
「これを見てくだせぇ。」
布をほどく。
現れたのは、煤で黒く汚れた書類の束だった。
赤い扉の倉庫。
ロザリアの火魔法で炎に包まれながらも、奇跡的に焼け残ったものだ。
オルフェンが言う。
「黒蛇の帳簿や取引記録らしきもんです。」
「全部じゃありやせんが、役に立つでしょう。」
アルフォンスの表情が変わる。
「……これは。」
側近の一人へ目配せする。
「慎重に保管しろ。」
「内容は私自ら確認する。」
側近は恭しく受け取り、部屋を後にした。
応接室に静けさが戻る。
アルフォンスはターケシたちへ向き直る。
「君たちは王国へ大きく貢献した。」
「黒蛇は長年、職人街を蝕んできた存在だ。」
「本来なら王国が討つべき敵だった。」
少しだけ苦笑する。
「それを、君たちに先を越されてしまった。」
ターケシたちは黙って聞いている。
王子は続けた。
「もちろん、相応の報奨金を用意しよう。」
「遠慮なく受け取ってほしい。」
ターケシは静かに首を横へ振った。
「報酬なら、別に欲しいものがあります。」
応接室の空気が少し変わる。
アルフォンスが目を細める。
「何だ。」
ターケシは迷わず答えた。
「獣人奴隷売買の情報です。」
その言葉に、シフォンが思わずターケシを見上げた。
「……ご主人様。」
ターケシは真っ直ぐ王子を見る。
「七年前。」
「灰狼族の村が襲われました。」
「村は焼かれ、多くが殺され、生き残った者は奴隷として売られました。」
シフォンは拳を握り締める。
ターケシは続けた。
「彼らは何一つ罪を犯していません。」
「ただ生まれた場所が獣人の村だった。」
「それだけです。」
応接室は静まり返る。
「私は、その生き残りを探したい。」
「報酬があるなら、金ではなく情報をください。」
ターケシの隣で、シフォンは目を潤ませながら俯いた。
自分のために。
ご主人様が、王子への褒美さえ断って、
七年間、誰も助けてくれなかった自分たちのことを、今も諦めず探そうとしてくれている。
◇
ターケシの言葉を聞き終えたアルフォンス第二王子は、しばらく黙っていた。
やがて静かに頷く。
「……良いだろう。」
部屋にいた側近たちが一斉に王子へ視線を向ける。
アルフォンスは穏やかな表情のまま続けた。
「本来なら機密事項だ。」
「だが、ここにいる者は皆、私の腹心ばかりだ。」
そう言って、ターケシたちへ真っ直ぐ視線を向ける。
「君たちにも信頼してほしい。」
ターケシは静かに頷いた。
アルフォンスは椅子にもたれ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「シフォン君の村を襲った盗賊集団。」
「いや――奴隷売買組織の名は、『赤牙』という。」
シフォンの耳がぴくりと動く。
「赤牙……。」
「文字どおり、赤く染めた獣牙の首飾りを組織の証としている。」
「構成員の多くがそれを身につけているため、そう呼ばれるようになった。」
アルフォンスの声は低くなる。
「奴らは単なる盗賊ではない。」
「獣人の集落を襲い、生き残りを奴隷として売りさばく。」
「人間の孤児や流民を攫うこともある。」
「密輸。」
「恐喝。」
「暗殺。」
「闇闘技場の運営。」
「違法薬物や禁制品の売買。」
「利益になることなら何でも手を染める犯罪組織だ。」
リディアが腕を組み、険しい表情で付け加える。
「私たち近衛も何度か討伐に向かいました。」
「ですが、尻尾すら掴めませんでした。」
アルフォンスは小さく息を吐く。
「王国も、表向きには赤牙を最重要指名手配組織として追っている。」
その「表向き」という言葉に、ターケシはわずかに眉をひそめた。
王子はその反応に気づいたように苦く笑う。
「……その意味は察してくれ。」
「奴らは北部の森を中心に、国家も種族も越えた巨大な密売網を築いている。」
「人間。」
「獣人。」
「エルフ。」
「商人。」
「傭兵。」
「犯罪者。」
「必要とあらば誰とでも手を組む。」
応接室の空気が重くなる。
「さらに、一部の貴族との繋がりも疑われている。」
「資金を流す者。」
「情報を流す者。」
「奴隷を買う者。」
「だが、証拠がない。」
アルフォンスは拳を静かに握った。
「だからこそ、王国は赤牙の全貌を未だ掴めていない。」
「分かっているのは、氷山の一角だけだ。」
シフォンは唇を強く噛み締める。
七年前、自分の村を焼き払った相手は、ただの盗賊ではなかった。
王国ですら、その全貌を掴めない巨大な闇。
その現実を知り、胸の奥で静かに燃え続けていた復讐心が、決意へと変わっていく。
「だからこそ――」
アルフォンスはターケシとシフォンを交互に見た。
「私は君たちに期待している。」
「黒蛇を壊滅させたのは、王国軍でも近衛騎士団でもない。」
「君たちだ。」
静かな声だった。
しかし、その言葉には確かな重みがあった。
「もし赤牙へ辿り着ける者がいるとすれば。」
「私は、君たちではないかと思っている。」
ターケシは何も答えない。
「ご主人様、私、やりたいです。」
シフォンが声を上げる。
「仲間を取り戻したい。仲間でなくとも、昔の私と同じようにお父さん、お母さん、お家、それから仲の良かったお姉さんたちを失う子供をなくしたい。」
ターケシは頷いた。
「アルフォンス第二王子。やらせてください。絶対に赤牙の尻尾をつかみ、違法な奴隷たちを助け出します。もちろん私一人ではできません。ここにいる仲間と、あなたのご支援が必要です。」
アルフォンスはゆっくりと立ち上がった。
応接室の全員が自然と姿勢を正す。
王子はターケシたちを静かに見渡した。
「……良いだろう。」
「人員。」
「情報。」
「資金。」
「必要であれば政治的な後ろ盾も用意しよう。」
「私にできることは惜しまない。」
一歩、ターケシたちへ歩み寄る。
「赤牙は、長年この王国を内側から蝕み続けてきた。」
「民を売り。」
「子供を攫い。」
「法を嘲り。」
「人の尊厳を金に変えてきた。」
「王族である私が、それを見過ごすことはできない。」
王子は静かに右手を差し出した。
「依頼者と冒険者ではない。」
「王族と平民でもない。」
「この国を守ろうとする同志として。」
「共に赤牙を討とう。」
ターケシはその手をしっかりと握り返した。
「はい。」
「必ず。」
二人の固い握手を見つめながら、シフォンは胸の前で両手をぎゅっと握り締める。
七年前。
炎に包まれた故郷では、誰も助けてくれなかった。
けれど今は違う。
ご主人様がいる。
ロザリアがいる。
フィリアがいる。
オルフェンがいる。
そして――王国第二王子までもが、自分たちと共に歩むと言ってくれた。
(絶対に助ける。)
(もう、あの日の私みたいな子をつくらせない。)
シフォンは静かに決意を固めた。
◇
「では最初のお願いを聞いてくれ、同志よ。」
アルフォンスは続ける。
「来月開かれる王宮公認闘技大会へ出場してほしい。」
「2名一組のタッグ戦のトーナメントで、王国中の貴族や大商人の推薦を受けた猛者が集まる。」
「そこに、赤牙とつながりのある商人や貴族の手の者が出場する。」
「君たちが優勝し、彼らの野心を挫くとともに、現場で分かったことがあれば教えてほしい。王宮公認闘技大会の優勝者の名声は、君たちの活動に役立つはずだ。」
ターケシは静かに首を振った。
「申し訳ありませんが、私は出場いたしません。」
応接室が静まり返る。
「出場するのは、シフォンとロザリアです。」
「この二人は、それぞれ獣人としての優れた身体能力と、騎士教育で培った剣技、そして魔法の才を持っています。」
「私は前に立つより、後ろから鍛え、支える方が向いています。」
「大会までの間、私が責任を持って二人を鍛えます。」
「必ずや優勝させてみせます。」
「「ええっ!?」」
シフォンとロザリアの声が見事に重なった。
◇
アルフォンスは苦笑した。
「本人たちより先に師匠が決めてしまうとはな。」
シフォンとロザリアはまだ呆然としている。
「……君がそこまで言うなら承知した。」
「王宮公認闘技大会への推薦は、シフォン君とロザリア君の二名で進めよう。」
ターケシは一礼する。
「ありがとうございます。」
「ですが、もう一つだけお願いがあります。」
「申してみよ。」
「優勝した暁には。」
「元北部貴族ハリントン子爵家の令嬢、ロザリア・ハリントン。」
「彼女の名誉を回復し、貴族籍への復帰をご検討いただきたいのです。」
応接室が再び静まり返る。
ロザリアが信じられないというようにターケシを見る。
「ご、ご主人様……。」
ターケシは振り返らない。
「彼女は何一つ罪を犯していません。」
「没落は、不当なものでした。」
「王宮公認闘技大会で優勝するに足る人物なら、その実力と人格は王国中が認めるでしょう。」
「その時こそ、彼女が再びハリントンの名を名乗る資格を証明できるはずです。」
アルフォンスはしばらく目を閉じ、やがて静かに答えた。
「約束はできない。」
「だが、優勝という実績があれば、私も王宮で動きやすくなる。」
「その時は全力を尽くそう。」
アルフォンスはゆっくりと頷いた。
「では、王宮公認闘技大会で会おう。」
「はい。」
ターケシも頷く。
シフォンは胸の前で拳を握る。
ロザリアは静かに瞳を閉じた。
赤牙。
ハリントン家の名誉。
王宮公認闘技大会。
それぞれの願いは、一つの道へと重なった。
――ここに、同志たちの誓いが結ばれた。




