王都の職人街
王都の南東。
大通りを一本外れると、街の空気が変わった。
耳へ最初に飛び込んできたのは、
カンッ。
カン、カン、カン。
絶え間なく響く鉄槌の音だった。
あちらでも。
こちらでも。
まるで街全体が一つの鍛冶場になったように、金属を打つ音が重なり合っている。
通りは王都の中心より少し狭い。
石畳の両脇には木と石で造られた二階建ての工房が並び、一階は大きく開け放たれていた。
中では赤く熱せられた鉄が火花を散らす。
鍛冶師が大槌を振り下ろすたび、白い火花が夜空の星のように舞った。
隣では革職人が分厚い革へ油を塗り込んでいる。
さらに先では弓職人が一本一本木目を確かめながら、ゆっくりと鉋を滑らせていた。
金属だけではない。
木。
革。
骨。
角。
牙。
ありとあらゆる素材が職人たちの手で新しい命を吹き込まれていく。
鼻をくすぐるのは炭の煙。
焼けた鉄。
油。
削りたての木。
革をなめす独特の匂い。
様々な匂いが混ざり合っている。
「……すごい。」
シフォンが目を丸くする。
ロザリアも思わず見回した。
「王都に、こんな場所がありましたのね。」
フィリアは静かに呟く。
「職人たちの街。」
「武器も鎧も、ここから生まれるんですね。」
ターケシは口元を緩める。
「いい街だ。」
「汗を流して働く人間は嫌いじゃない。」
その時だった。
「今月の警備料だ。」
低い声が響く。
金槌の音が、一つ、また一つと止んでいく。
さっきまで活気に満ちていた通りへ、不自然な静けさが落ちた。
四人が視線を向ける。
通りの端にある小さな鍛冶工房。
煤で黒く染まった前掛けを身につけた中年の職人が、困ったような顔で立ち尽くしていた。
その前には、黒い蛇の刺繍が入った革鎧を着た男が三人。
「今月は売れ行きが悪くて……。」
職人が頭を下げる。
「もう少し待っていただけませんか。」
男は鼻で笑った。
「待てると思うか?」
「だが、本当に金が……。」
「おい。」
男が鍛冶場へ目をやる。
壁には仕上がったばかりの剣が何本も掛けられていた。
「売り物があるじゃねぇか。」
「そ、それは注文品です!」
「だから?」
男は一本を手に取り、刃を眺める。
「警備料の代わりにもらってやる。」
職人は思わず前へ出る。
「やめてください!」
「それだけは!」
次の瞬間。
鈍い音が響いた。
男の拳が職人の胸を突き飛ばす。
職人は背中から作業台へ倒れ込み、工具が床へ散らばった。
誰も動かない。
周囲の職人たちは拳を握り締めながら、その光景を見ている。
怒っている。
悔しがっている。
それでも踏み出せない。
家族がいる。
弟子がいる。
工房がある。
ここで逆らえば、すべてを失うことを知っているからだ。
黒蛇の男は剣を肩へ担ぎ、不敵に笑う。
「安心しろ。」
「来月もちゃんと守ってやる。」
三人は笑いながら通りを歩き去っていく。
しばらくして。
一人の若い鍛冶見習いが、倒れた親方へ駆け寄った。
「親方!」
職人は苦笑しながらゆっくり起き上がる。
「……仕事を続けるぞ。」
その一言で、止まっていた金槌の音が少しずつ戻り始める。
カン。
カン。
カン、カン――。
しかし、その音は先ほどよりもどこか重く、悔しさを叩きつけるように響いていた。
◇
ターケシは黙って前から歩いてくる三人を見やる。
先頭の男の肩には強奪した剣。
口元には下卑た笑み。
まるで自分たちがこの街の主人であるかのような歩き方だった。
「……ご主人様。」
シフォンが小さく見上げる。
ターケシは何も答えない。
ただ、ゆっくりと歩き出した。
黒蛇の三人とすれ違う。
先頭の男は肩で風を切り、周囲を威圧するように歩いている。
その足が一歩踏み出した瞬間。
すっ。
ターケシは何気ない動作で足を伸ばした。
次の瞬間。
「ぶべっ!」
男は見事に前のめりに転び、石畳へ顔から突っ込んだ。
抱えていた剣が宙を舞い、がしゃん、と派手な音を立てて転がる。
通りが静まり返る。
鍛冶師も。
革職人も。
見習いたちも。
全員の視線が一斉に集まった。
男は鼻を押さえながら立ち上がる。
「て、てめぇ!」
ターケシは首を傾げた。
「おっと。」
「悪い。」
「足が長くてな。」
一瞬の沈黙。
ぷっ。
どこかで誰かが吹き出した。
慌てて口を押さえる。
続いて、別の工房からも小さな笑い声が漏れる。
黒蛇の男の顔が真っ赤になる。
「この野郎……!」
腰の剣へ手を掛けた、その時だった。
ターケシは転がっていた剣を拾い上げる。
刃を眺める。
重心を確かめる。
そして職人へ歩み寄り、静かに差し出した。
「注文品だろ。」
「傷が付く前でよかった。」
中年の職人は目を見開いたまま、震える手で剣を受け取った。
その様子を見た黒蛇の男の眉がぴくりと動く。
ターケシはようやく男へ向き直り、穏やかな笑みを浮かべた。
「さて。」
「続き、やるか?」




