敵を知り己を知る者は百戦してあやうからず。
王都南の森へ続く街道をしばらく歩く。
春の陽気は心地よく、薬草採取にはちょうどいい日だった。
森の入口が見えてきたところで、ターケシは立ち止まった。
「さて」
三人がこちらを見る。
「森に入る前に実力の確認だ」
シフォンの耳がぴくりと動く。
ロザリアは少し得意そうな顔をした。
フィリアは興味深そうに首を傾げる。
ターケシはまずロザリアを見た。
「ロザリア」
「なんですの?」
「レイピア…はないが、魔法が使えると言ったな。見せてくれ。あの木に何かしてくれ。」
フフンっと自信ありげに笑うと、彼女は静かに右手を掲げる。
「火よ」
掌の前に赤い光が生まれる。
火球。
貴族の子女が学ぶ基礎魔法。
だが威力は基礎とは思えなかった。
火球は一直線に飛び、
轟、と木を炎に包んだ。
ターケシは思わず目を見開く。
「おお……」
ロザリアは続けて左手を掲げる。
「水よ」
今度は青い光。
大量の水が現れ、燃え上がる木を叩く。
じゅううううう。
蒸気が立ち昇る。
やがて炎は完全に消えた。
ロザリアは少し息を吐く。
「こんなところですわ」
ターケシは正直に答える。
「すごいな」
正直な感嘆の言葉に。
「想像をはるかに超える」
その称賛に。
ロザリアは少しだけ顔を逸らした。
奴隷になってから褒められた記憶など、ほとんどなかったからだ。
ターケシは次にフィリアを見る。
「フィリア、お前は?」
「…私ですか」
フィリアは辺りを見回す。
そして近くの木から落ちていた枝を拾った。
さらに蔓を見つける。
ターケシは見ている。
シフォンも見ている。
ロザリアも見ている。
五分後。
「…できました」
そこには簡素な弓があった。
ターケシが目を丸くする。
「作ったのか?」
「…はい」
まるで当然のように答える。
さらに細い枝を一本拾う。
即席の矢だった。
フィリアは弓を構える。
動きに無駄がない。
森で生きてきた者の所作だった。
ひゅっ――
枝が飛ぶ。
次の瞬間。
どすっ。
先ほどロザリアが燃やした木に突き刺さった。
しかもかなり深い。
ターケシは思わず木を見に行った。
しっかり刺さっている。
「……その辺の枝だよな?」
「…その辺の枝ですね」
「やるじゃないか」
「…やります」
ターケシは感心した。
「素晴らしい」
フィリアが少しだけ微笑む。
「ありがとうございます」
その笑顔はどこか誇らしげだった。
最後にターケシはシフォンを見る。
「シフォン」
「は、はい!」
耳がピンと立つ。やる気は十分だった。
ターケシは近くの枝を渡す。
「何かやってみてくれ」
「わかりました!」
シフォンは枝を握る。
構える。
そして。
「えいっ!」
ぶん。
「やあっ!」
ぶんぶん。
「ていっ!」
ぶんぶんぶん。
ターケシは黙って見守る。
ロザリアも黙る。
フィリアも黙る。
シフォンだけが一生懸命だった。
五分後。
「どうでしょう!」
満面の笑顔だった。
ターケシは少し考える。
かなり考える。
ものすごく考える。
そして答えた。
「……まあまあ」
シフォンの耳がしゅんと垂れる。
ターケシは慌てて続ける。
「筋は悪くない」
「本当ですか!?」
「たぶん」
「やった!」
ぶんぶんぶんぶん。
尻尾が激しく振られる。
嬉しいらしい。
ターケシは苦笑した。
正直に言えば、技術はほぼゼロだった。
ロザリアは魔法が使える。
フィリアは弓が使える。
だがシフォンは違う。
まだ何も持っていない。
何も教わっていないのだ。
これは鍛えがいがあるな。
獣人らしい運動能力を発揮させれば、そこそこ使えるかもしれない。
シフォンはそんなことなど知らず、
「えいっ! やあっ!」
と、まだ枝を振り回していた。
その姿を見ながら、ロザリアが呟く。
「褒められて喜ぶ犬みたいですわね」
「狼です!」
即座に反論が飛んだ。
春の森に笑い声が響く。
薬草採取の依頼は、まだ始まったばかりだった。




