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過去と現在と意思

静かな森を巡回していく。

「ここ、ウサギさんがいたところです。」

「あの時は面白かったですわね。」

「あれから、みんな成長した。すごい。」

「そうだな。」

ウサギがいたところ、クマが出たところ、鹿を見かけたところ。

花が咲いていた。毛虫がいた。小さな蝶が舞っていた。

最初の冒険の記憶を辿る。懐かしいが、今はどこか寂しい。

季節が、春から夏へ移りつつあるから、だけではない。

大量絶滅でもない。

「みんな、どこへ行っちゃったんでしょうか。」

耳をしょんぼりと下げてシフォンがつぶやく。

「シフォンは優しいな。」

ワシャワシャと頭を撫でた。

砦跡の石垣は半ば崩れていたが、高台からは森を一望できた。

風が吹き抜ける。

ロザリアは遠く北の森を見つめたまま、黙っていた。

その横顔を見て、ターケシが静かに口を開く。

「ハリントン家……俺は詳しく知らないが、北部では有名な子爵家だったそうだな。」

ロザリアは少し驚いたように振り返り、小さく頷く。

「はい。」

「父は誇り高い人でした。」

「間違ったことを、何より嫌う人で。」

少し微笑む。

「母は私が幼い頃に亡くなりました。」

「だから十歳離れた姉が、母の代わりでした。」

「勉強も、剣も、礼儀作法も……全部、姉が教えてくれたんです。」

風が髪を揺らす。

「質実剛健。」

「それがハリントン家の家風でした。」

「歴史はありましたけれど、裕福ではありませんでした。」

「それでも父も姉も、私を王都へ騎士見習いとして送り出してくれました。」

「だから私は……。」

そこで声が止まる。

「騎士見習いを終えたら、父や姉の力になろうと思っていたんです。」

沈黙。

「なのに。」

「父が軍資金を横領し、王家へ反逆したなんて……。」

ロザリアはゆっくり首を振る。

「今でも信じられません。」

「……いいえ。」

「信じていません。」

唇を噛み、小さく笑う。

「でも、もう過去のことです。」

「私は、ただのロザリア。」

「奴隷ですから。」

ターケシは静かに首を横へ振った。

「違う。」

その一言に、ロザリアが顔を上げる。

「奴隷である前に、お前はロザリアだ。」

「ハリントン家の娘であることも。」

「騎士を目指したことも。」

「仲間のために戦ってきたことも。」

「全部、お前自身だ。」

「努力してきたこととやってきたことは消えない。」

ターケシは穏やかに笑う。

「だから、自分がどうしたいか。」

「どうなりたいか。」

「その望みも光も消えてない。」

「希望を持つ資格は、誰にも奪えない。」

ロザリアは何も答えなかった。

ただ、潤んでいた瞳が少しだけ前を向いた。

「努力の女神は、平等じゃない。でも、努力をやめた者には絶対に微笑まない。」

「努力を止めないロザリアを、おれは応援しているよ。」

砦跡を後にして、森の巡回を続ける。

異変がないことが異変と言えるような森。

とりあえず今日のことは、ギルドとアルフォンスに報告しておこう。

明日も巡回をしよう。

と、その時、

グオオオオオ……

クマともオオカミとも違う。

いや。

ただの獣ではない。

ターケシの表情が変わる。

「……危険だ。」

「予定を変更する。」

「砦跡へ戻る。」

「ええっ!?」

三人の声が重なった。

ターケシは短く続ける。

「高所から正体を確認する。」

「日が暮れる前に位置だけでも掴みたい。」

シフォンが驚いたように耳を立てた。

「で、でも……。」

「依頼に夜の巡回なんてありませんよ!?」

「ああ。」

ターケシは静かに頷く。

「依頼は関係ない。」

「放っておけば、人が死ぬかもしれない。」

「王都へ向かえば、街道を通る旅人や薬草採取の冒険者もいる。」

「危険と分かっていて見過ごすわけにはいかない。」

そう言うと、三人へ向き直る。

「お前たちは一度ギルドへ戻れ。」

「今日の状況を報告して、応援を要請する。」

「俺一人で様子を見てくる。」

「いいえ。」

答えたのはシフォンだった。

灰色の耳をぴんと立て、まっすぐターケシを見つめる。

「わたしたちも行きます。」

ロザリアも一歩前へ出る。

「もう、守られるだけではありません。」

「仲間ですもの。」

フィリアも静かに弓へ手を添えた。

「偵察なら、私も必要です。」

三人の瞳には迷いがない。

ターケシは少しだけ困ったように笑い、頭を掻いた。

「……まったく。説得される立場になるとはな。」

小さく息を吐く。

「分かった。」

「ただし、無理はするな。」

「危険だと判断したら、俺の指示で即座に撤退する。」

「はい!」

三人の返事が、静かな森へ力強く響いた。


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