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神話の終わり

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「これは本来、私の……我が家の戦いなのです。」

ターケシは眉をひそめた。

「エドガー。」

「何を言っている?」

頭がずきりと痛む。

石礫で打たれた右側頭部が熱を持っていた。

我が家?

何の話だ。

旧王家?

巨人?

まるで話が繋がらない。

「説明は後にしてください!」

フィリアの声が飛ぶ。

「来ます!」

巨人の眼窩で、紫色の光が再び燃え上がった。

ターケシは頭を振る。

「……そうだな。」

「話は生き残ってから聞く。」

剣を構え直す。

ロザリアの水弾が、再び眼窩を打ち抜く。

フィリアの矢が続く。

紫色の光が激しく揺らぎ、巨人の動きが止まる。

「今です!」

シフォンがターケシのもとへ駆け寄る。

「ご主人様!」

肩を抱き起こし、安全な位置まで引きずる。

ターケシが手を離した剣を拾い上げる。

灰色の耳が怒りで震えていた。

「よくも……!」

一気に巨人の右脛へ踏み込む。

渾身の一閃。

ゴォンッ!

骨が砕ける。

支えを失った巨人は、右前へ大きく傾いた。

轟音とともに地面へ倒れ込む。

そのままシフォンは跳び上がる。

ターケシの剣を両手で握り締め、

後頭部へ叩きつけた。

「このっ!」

ガンッ!

「このっ!」

ガンッ!

「このっ!」

ガンッ!

「よくも……!」

「ご主人様を!」

何度も。

何度も。

骨片が飛び散る。

その時だった。

「シフォン。」

静かな声。

「もういい。」

シフォンの動きが止まる。

「剣を返してくれ。」

「……え?」

ターケシはゆっくり立ち上がった。

倒れ伏す巨人を見つめる。

眼窩の紫色の光は弱々しく揺れている。

「なんとなく分かった。」

「こいつは、もう戦う理由を失ってる。」

静かな声だった。

「白聖王家を守るため。」

「そんな命令で戦い始めた兵士だったんだろう。」

「でも。」

ターケシは苦く笑う。

「気が付いたら、その王家はとっくの昔に滅んでた。」

「現王国を滅ぼしたところで、旧王家は戻らない。」

「俺たちを殺したところで、何も取り戻せない。」

剣を握り直す。

「戦場ってのは、いつだって誰かの都合で始まる。」

「兵士は、戦う理由を選べない。」

一歩前へ出る。

「だから。」

「終わらせる役は俺がやる。」

「恨むなら、俺だけを恨め。」

剣を振り上げる。

その時。

「待ってください。」

凛とした声が響いた。

ターケシが振り向く。

エドガーだった。

「恨まれるのも。」

一歩前へ出る。

「終わらせるのも。」

さらに一歩。

「私の役目です。」

静かに胸へ手を当てる。

「私は――」

「エルドラシア王国第二王子。」

「アルフォンスです。」

「……騙していて、申し訳ありませんでした。」

「は?はああああああああ!?

騙していたってなんですか!いかにも『私は非戦闘員ですぅーブリッ子』みたいな顔と振る舞いで私たちにだけ戦わせて、ご主人様なんて大怪我して、さらっと『実は王子ですキリッ』なんて言って許され…もがっ」

シフォンの怒涛の文句を後ろから手を当てて塞いで、

ロザリアが言う。

「申し訳ありませんわ、この子口の利き方がなってなくて。でも確かに、この子の言うことにも一理あると思うんですわ。そこはまぁ、後ほどご説明いただけるということで?」

目が笑っていない笑顔。

フィリアは倒れた巨人を見ながら首を傾げていた。

「王族?」

「依頼料、増える?」

少し考えて、

「ラッキー♪」

「お前はぶれないな……。」


「エドガー、いや、アルフォンス王子様、今はまず、仕事を終わらせましょう。」

「あ…はい。」

アルフォンスは倒れ伏した巨人の前へ進み出る。

長剣を正眼に構え、静かに告げる。

「古より戦いし白聖王家の戦士よ。」

「我はエルドラシア王国第二王子、アルフォンス。」

「汝の武勇を称える。」

「我が手にて、汝に安息を与えよう。」

「たとえ時が流れ、汝の名が忘れられようとも。」

「その武勇は、永久に語り継がれる。」

静かに息を吸う。

「――覚悟。」

風が剣にまとわりつく。

次の瞬間。

一筋の閃光。

残像だけを残して振り下ろされた剣が、巨人の頭蓋を真っ二つに叩き割った。

紫色の光が、静かに空へ溶けていく。

ターケシはその光を見送り、小さく頷いた。

「お見事でした、殿下。」

「こいつが本物の巨人だったのか、死霊術で造られた怪物だったのかは分かりません。」

「ですが、全盛期なら間違いなく神話に語られる強さだったでしょう。」

ターケシは祭壇へ歩み寄る。

黒い本は、静かにそこへ横たわっていた。

「さて。」

「最後の仕事だ。」

「鎮魂の書を回収する。」

ターケシは本を見下ろしたまま口を開く。

「見ていたんだろう。」

「死霊術士の亡霊だか何だか知らんが、お前を倒すつもりはない。」

「だが、この本は回収させてもらう。」

フィリアが本へ手をかざす。

「……魔力はほとんど残っていません。」

「もう、ただの本です。」

その時。

洞窟のどこからともなく、しわがれた声が響く。

「……このままで済むと思うな。」

「この屈辱……いつか必ず、貴様にも味わわせてやる……。」

ターケシは黒い本をひょいと持ち上げた。

「はいはい。」

「その時はまた相手してやるよ。」

腰の袋へ放り込む。

「さて。」

「帰る…前に。」

ターケシは静かに巨人の骸を見つめた。

砕けた頭蓋。

崩れた巨体。

神話を生き、誰かの命令で戦い続け、最後には死霊術によって目覚めさせられた兵士。

「フィリア。」

「はい。」

「お願いになるが。」

フィリアはターケシの横へ歩み寄る。

「前みたいに、エルフ語で鎮魂の歌を歌ってやってくれ。」

ターケシは巨人の骨へ視線を向けた。

「……こいつのためにもな。」

フィリアは静かに頷いた。

「承知しました。」

今度は司祭へ向き直る。

「司祭。」

「ご協力を。」

司祭は深く一礼する。

「もちろんです。」

「そのために、私はここへ参りました。」

フィリアが目を閉じる。

澄んだ歌声が静かに地下神殿へ響き始めた。

古きエルフの言葉。

魂を世界へ還す歌。

司祭もまた、両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げる。

異なる信仰。

異なる種族。

それでも今だけは、一つの命を弔うために。

紫色に漂っていた魔力は、歌に導かれるように少しずつ薄れていく。

誰も口を開かなかった。

神話の戦士は、ようやく長い戦いを終えたのだった。

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