神話の終わり
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「これは本来、私の……我が家の戦いなのです。」
ターケシは眉をひそめた。
「エドガー。」
「何を言っている?」
頭がずきりと痛む。
石礫で打たれた右側頭部が熱を持っていた。
我が家?
何の話だ。
旧王家?
巨人?
まるで話が繋がらない。
「説明は後にしてください!」
フィリアの声が飛ぶ。
「来ます!」
巨人の眼窩で、紫色の光が再び燃え上がった。
ターケシは頭を振る。
「……そうだな。」
「話は生き残ってから聞く。」
剣を構え直す。
◇
ロザリアの水弾が、再び眼窩を打ち抜く。
フィリアの矢が続く。
紫色の光が激しく揺らぎ、巨人の動きが止まる。
「今です!」
シフォンがターケシのもとへ駆け寄る。
「ご主人様!」
肩を抱き起こし、安全な位置まで引きずる。
ターケシが手を離した剣を拾い上げる。
灰色の耳が怒りで震えていた。
「よくも……!」
一気に巨人の右脛へ踏み込む。
渾身の一閃。
ゴォンッ!
骨が砕ける。
支えを失った巨人は、右前へ大きく傾いた。
轟音とともに地面へ倒れ込む。
そのままシフォンは跳び上がる。
ターケシの剣を両手で握り締め、
後頭部へ叩きつけた。
「このっ!」
ガンッ!
「このっ!」
ガンッ!
「このっ!」
ガンッ!
「よくも……!」
「ご主人様を!」
何度も。
何度も。
骨片が飛び散る。
その時だった。
「シフォン。」
静かな声。
「もういい。」
シフォンの動きが止まる。
「剣を返してくれ。」
「……え?」
ターケシはゆっくり立ち上がった。
倒れ伏す巨人を見つめる。
眼窩の紫色の光は弱々しく揺れている。
「なんとなく分かった。」
「こいつは、もう戦う理由を失ってる。」
静かな声だった。
「白聖王家を守るため。」
「そんな命令で戦い始めた兵士だったんだろう。」
「でも。」
ターケシは苦く笑う。
「気が付いたら、その王家はとっくの昔に滅んでた。」
「現王国を滅ぼしたところで、旧王家は戻らない。」
「俺たちを殺したところで、何も取り戻せない。」
剣を握り直す。
「戦場ってのは、いつだって誰かの都合で始まる。」
「兵士は、戦う理由を選べない。」
一歩前へ出る。
「だから。」
「終わらせる役は俺がやる。」
「恨むなら、俺だけを恨め。」
剣を振り上げる。
その時。
「待ってください。」
凛とした声が響いた。
ターケシが振り向く。
エドガーだった。
「恨まれるのも。」
一歩前へ出る。
「終わらせるのも。」
さらに一歩。
「私の役目です。」
静かに胸へ手を当てる。
「私は――」
「エルドラシア王国第二王子。」
「アルフォンスです。」
「……騙していて、申し訳ありませんでした。」
◇
「は?はああああああああ!?
騙していたってなんですか!いかにも『私は非戦闘員ですぅーブリッ子』みたいな顔と振る舞いで私たちにだけ戦わせて、ご主人様なんて大怪我して、さらっと『実は王子ですキリッ』なんて言って許され…もがっ」
シフォンの怒涛の文句を後ろから手を当てて塞いで、
ロザリアが言う。
「申し訳ありませんわ、この子口の利き方がなってなくて。でも確かに、この子の言うことにも一理あると思うんですわ。そこはまぁ、後ほどご説明いただけるということで?」
目が笑っていない笑顔。
フィリアは倒れた巨人を見ながら首を傾げていた。
「王族?」
「依頼料、増える?」
少し考えて、
「ラッキー♪」
「お前はぶれないな……。」
「エドガー、いや、アルフォンス王子様、今はまず、仕事を終わらせましょう。」
「あ…はい。」
アルフォンスは倒れ伏した巨人の前へ進み出る。
長剣を正眼に構え、静かに告げる。
「古より戦いし白聖王家の戦士よ。」
「我はエルドラシア王国第二王子、アルフォンス。」
「汝の武勇を称える。」
「我が手にて、汝に安息を与えよう。」
「たとえ時が流れ、汝の名が忘れられようとも。」
「その武勇は、永久に語り継がれる。」
静かに息を吸う。
「――覚悟。」
風が剣にまとわりつく。
次の瞬間。
一筋の閃光。
残像だけを残して振り下ろされた剣が、巨人の頭蓋を真っ二つに叩き割った。
紫色の光が、静かに空へ溶けていく。
ターケシはその光を見送り、小さく頷いた。
「お見事でした、殿下。」
「こいつが本物の巨人だったのか、死霊術で造られた怪物だったのかは分かりません。」
「ですが、全盛期なら間違いなく神話に語られる強さだったでしょう。」
ターケシは祭壇へ歩み寄る。
黒い本は、静かにそこへ横たわっていた。
「さて。」
「最後の仕事だ。」
「鎮魂の書を回収する。」
ターケシは本を見下ろしたまま口を開く。
「見ていたんだろう。」
「死霊術士の亡霊だか何だか知らんが、お前を倒すつもりはない。」
「だが、この本は回収させてもらう。」
フィリアが本へ手をかざす。
「……魔力はほとんど残っていません。」
「もう、ただの本です。」
その時。
洞窟のどこからともなく、しわがれた声が響く。
「……このままで済むと思うな。」
「この屈辱……いつか必ず、貴様にも味わわせてやる……。」
ターケシは黒い本をひょいと持ち上げた。
「はいはい。」
「その時はまた相手してやるよ。」
腰の袋へ放り込む。
「さて。」
「帰る…前に。」
ターケシは静かに巨人の骸を見つめた。
砕けた頭蓋。
崩れた巨体。
神話を生き、誰かの命令で戦い続け、最後には死霊術によって目覚めさせられた兵士。
「フィリア。」
「はい。」
「お願いになるが。」
フィリアはターケシの横へ歩み寄る。
「前みたいに、エルフ語で鎮魂の歌を歌ってやってくれ。」
ターケシは巨人の骨へ視線を向けた。
「……こいつのためにもな。」
フィリアは静かに頷いた。
「承知しました。」
今度は司祭へ向き直る。
「司祭。」
「ご協力を。」
司祭は深く一礼する。
「もちろんです。」
「そのために、私はここへ参りました。」
フィリアが目を閉じる。
澄んだ歌声が静かに地下神殿へ響き始めた。
古きエルフの言葉。
魂を世界へ還す歌。
司祭もまた、両手を胸の前で組み、静かに祈りを捧げる。
異なる信仰。
異なる種族。
それでも今だけは、一つの命を弔うために。
紫色に漂っていた魔力は、歌に導かれるように少しずつ薄れていく。
誰も口を開かなかった。
神話の戦士は、ようやく長い戦いを終えたのだった。




