生者の招かれざる場所
「……ここに来て魔物か。」
ターケシは倒れたゾンビを見下ろした。
「しかもスケルトンじゃない。ゾンビだ。」
調査隊の面々が黙って耳を傾ける。
「スケルトンは白骨に死霊術を施したものだが、ゾンビは比較的新しい死体に魔力を流し込んで動かしている。」
ターケシは周囲の岩肌へ視線を巡らせた。
「普通なら墓地や戦場で現れる。新しい死体がある場所だからな。」
少し間を置く。
「だが、ここは違う。」
「墓には見えません……。」
ロザリアが小さく呟く。
「ああ。」
ターケシは静かに頷いた。
「つまり誰かが死体をここまで運び込んだか、外で操ってこの洞窟へ入り込ませたことになる。」
場の空気が一気に重くなる。
「不穏極まりない話だ。」
ターケシは剣を握り直した。
「何かを隠したいのか。」
「あるいは俺たちをここへ誘い込んでいるのか。」
「どちらにしても――」
ターケシは洞窟の奥を見据える。
「この先に、何かある可能性が高い。」
その時だった。
洞窟のさらに奥。
闇の向こうで、ぼんやりと紫色の光が揺らめいた。
まるで誰かを誘うように。
シフォンの灰色の耳がぴくりと震える。
「……ご主人様。」
フィリアも細く目を細める。
「魔力です。かなり濃い……。」
ロザリアは無意識にレイピアの柄へ手を添えた。
ターケシは紫色の光を真っ直ぐ見据える。
「いかにも何かある、という感じだな。」
小さく息を吐く。
「行きたくなくても、行かざるを得ない。」
剣を構え、一歩踏み出す。
「シフォン。」
「はい!」
「ロザリア。」
「ええ。」
「フィリア。」
「了解。」
「――行くぞ。」
四人は紫色の光へ向かって、静かに歩き始めた。
◇
慎重に足を運ぶ。
出会い頭の襲撃だけは避けなければならない。
一歩。
また一歩。
やがて洞窟は途切れた。
その先に広がっていたのは、巨大な円形の空間。
「……広い。」
地上の祭祀場よりさらに広い。
自然洞窟ではない。
壁も床も滑らかに削られ、人の手で造られた神殿のような広間だった。
空間全体を、薄紫色の魔力が霧のように満たしている。
その中心。
石造りの祭壇。
そこに、一冊の黒い本が静かに置かれていた。
見覚えがある。
「死霊術の本……。」
フィリアが低く呟く。
「鎮魂の書です。」
紫色の魔力は、その本を中心に脈打つように広がっていた。
ターケシは静かに頷く。
「罠かもしれん。」
誰も返事をしない。
「だが、広場の中央に置くのは理にかなっている。」
床に刻まれた古い紋様を見渡す。
「魔力は円形に集まり、また放たれる。」
「ここは祭壇であり、魔法陣でもあるということだ。」
剣を構え直す。
「眺めていても仕方ない。」
振り返る。
「おれが行く。」
「持ち帰ったら、フィリアと司祭で鎮魂を頼む。」
フィリアは静かに頷いた。
「……承知しました。」
ターケシは広間へ踏み出す。
一歩。
二歩。
三歩――
その瞬間。
「止まれ。」
空気そのものが震えた。
しわがれた老人のような声。
しかし洞窟全体から響くようによく通る。
「止まれ、定命の者よ。」
紫色の光が揺らぐ。
「去ね。」
声が重なる。
「貴様ら生者の来る場所ではない。」
祭壇の周囲から黒い靄が立ち上る。
ターケシは足を止めることなく答えた。
「大人しく渡してくれれば、それで済む。」
剣先を祭壇へ向ける。
「その書を、訳あってもらい受ける。」
わずかな沈黙。
ターケシは小さく肩をすくめた。
「スケルトンやゾンビ退治は、もう飽きたんだ。」
「そろそろ――」
剣を構える。
「元凶と話をしようじゃないか。」




