群青色の空と紫色の光
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白聖王の霊廟へ到着した頃には、太陽は山の向こうへ半ば沈みかけていた。
夕日に照らされた白い石造りの霊廟は、神々しさよりも静けさを漂わせている。
風が吹く。
何か話そうとしたエドガーを遮って、沈黙を破ったのはターケシだった。
「今日は中へは入りません。」
調査団の面々が彼を見る。
「日没まで、あと一時間もありません。」
「暗くなってから未知の遺跡へ入るのは危険です。」
ベネディクトが何度も頷いた。
「確かに……。」
「焦る必要はありませんな。」
ターケシは霊廟の正面から少し離れた平地へ目を向ける。
「今夜はここで野営します。」
「ただし、テントは張りません。」
「え?」
ミリアが首を傾げる。
ターケシは二台の馬車を指差した。
「何かあれば、すぐ馬で離脱できるようにします。」
「皆さんは馬車の中で休んでください。」
「焚き火は外で。」
「私たちが交代で警戒します。」
リディアは腕を組み、小さく頷く。
「合理的だ。」
エドガーも微笑んだ。
「その案で進めましょう。」
ターケシは仲間へ向き直る。
「ロザリア。」
「フィリア。」
「野営の準備を頼む。」
「分かりましたわ。」
「了解。」
「シフォン。」
「はい!」
「周囲を見て回る。」
「まだ中へは入らない。」
「外だけ確認するぞ。」
「はい!」
灰色の耳がぴんと立つ。
二人は霊廟へ向かって歩き出した。
石段へ近付く。
古びた白い石。
割れた柱。
雑草が石段の隙間から伸びている。
鳥の鳴き声がしない。
虫の羽音も聞こえない。
風だけが、白い石壁を撫でていく。
静かすぎた。
ターケシは足跡を探す。
土を観察する。
新しい痕跡は見当たらない。
その時だった。
「……ご主人様。」
シフォンがしゃがみ込む。
灰色の耳がぴくりと動く。
石段の隅を指差した。
「これ……。」
白っぽい粉が残っている。
砂ではない。
石でもない。
ターケシもしゃがみ込む。
指先で砕く。
鼻先へ近づける。
土の匂いではない。
石灰とも違う。
「……骨だ。」
「人の骨の欠片だ。」
シフォンの表情が強張る。
「じゃあ……。」
ターケシは石段を見上げた。
夕日に照らされた霊廟は変わらないはずだが、先ほどまでと違って見えた。
「スケルトンが現れるという噂。」
「……本当かもしれない。」
風が吹く。
乾いた白い粉が、ゆっくりと石段の上へ舞い上がった。
ターケシは骨の欠片を布で丁寧に包み、懐へしまった。
「戻ろう。」
「はい。」
シフォンはもう一度だけ霊廟を見上げる。
夕日に染まる白い石段。
風に舞う白い粉。
その奥。
誰もいないはずの入口の闇が、一瞬だけ紫色に揺らめいたように見えた。
「……ご主人様。」
「見えたか。」
「うん……。」
ターケシは霊廟から目を離さない。
「ああ。」
「明日の朝、念入りに探索しよう。」
二人は踵を返した。
野営地では焚き火の煙が静かに立ち上っている。
ロザリアとフィリアは薪を組み終え、ミリアは夕食の準備を手伝っていた。
ターケシは焚き火の前へ腰を下ろす。
「皆さん。」
調査隊の視線が集まる。
ターケシは懐から布包みを取り出した。
静かに開く。
中には白い粉と、小さな骨片。
「霊廟の石段で見つけました。」
ベネディクトが息を呑む。
マティアスは胸元で静かに祈りを捧げた。
「……人骨ですか。」
エドガーが尋ねる。
ターケシは頷く。
「間違いありません。」
「人の骨です。」
その場に重い沈黙が落ちる。
ターケシは続けた。
「スケルトンが現れるという噂。」
「本当である可能性は高いでしょう。」
ミリアの表情が青ざめる。
「じゃ、じゃあ今夜も……。」
「落ち着いてください。」
ターケシは穏やかな声で遮る。
「これまで襲われたという者はいません。」
「霊廟へ近付かなければ危険は少ないと考えています。」
「十分な距離を保ちます。」
「私たちが交代で警戒します。」
リディアも静かに頷いた。
「妥当な判断だ。」
「異論はない。」
エドガーも一同を見回す。
「本日はターケシ殿の提案どおり進めます。」
調査隊の表情から少しだけ緊張が和らいだ。
ターケシは今度は仲間へ向き直る。
「聞いてくれ。」
三人が姿勢を正す。
「日没から夜明けまで交代で見張る。」
「最初は俺。」
「次にシフォン。」
「最後はフィリア。」
「3時間ごとに交代だ。」
「はい!」
シフォンが力強く返事をする。
「了解。」
フィリアも短く頷く。
ターケシはロザリアを見る。
「ロザリア。」
「お前は寝てくれ。」
「え?」
「火魔法は切り札だ。」
「明日、本番で魔力を使うことになる。」
「今夜は温存してほしい。」
ロザリアは少しだけ不満そうな顔をした。
「ですが……。」
「ロザリア。」
「明日は、お前の火魔法が一番頼りになる。」
「だから今日は休んでくれ。」
ターケシは穏やかに言う。
「何かあれば全員起こす。」
「危険がなければ、また寝てもらう。」
ロザリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。」
「しっかり休みます。」
焚き火が小さく爆ぜる。
空はすっかり群青色へ変わり始めていた。
誰もまだ知らない。
今この焚き火の温もりが、
明日から始まる長い夜を思えば、
あまりにも穏やかだったことを。




