本当の戦いの始まり
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王都を発った馬車は、街道を北へと進んでいた。
石畳の道はやがて土の街道へ変わり、左右には黄金色の麦畑が広がる。
さらに北へ進むと、草原を渡る風が窓から吹き込み、遠くにはなだらかな丘陵が見え始めた。
王宮の馬車はよく整備されている。
車輪はほとんど軋まず、揺れも少ない。
「わあ……。」
シフォンは御者台から見える景色に目を輝かせていた。
ターケシの手綱さばきを興味深そうに見つめては、
「ご主人様、今のは何をしたんですか?」
「馬はどうして曲がるんですか?」
質問は尽きない。
その隣では、ロザリアが最初こそ緊張した面持ちで座っていた。
馬車が揺れるたび、肩が触れそうになる。
慌てて身体を引く。
また揺れる。
さらに慌てる。
その様子に気付いたターケシが苦笑した。
「そんなに気を遣わなくていい。」
「揺れるんだから、肩くらい当たる。」
「危ないなら、掴まっていていいぞ。」
「……え。」
ロザリアは一瞬固まった。
「で、では……失礼いたしますわ。」
恐る恐る、ターケシの肩へそっと手を添える。
それだけで耳まで真っ赤になっていた。
シフォンはそんな二人を見ても何も気付かない。
「いいなあ。」
と言いながら、反対側からターケシの腕へ自然に掴まった。
「はいはい。」
ターケシは苦笑するしかない。
やがて午後になり、暖かな日差しと一定の揺れが眠気を誘う。
シフォンの返事が少なくなる。
ロザリアも静かになる。
気付けば、
シフォンはターケシの左肩へ。
ロザリアは右肩へ。
二人とも穏やかな寝息を立てていた。
ターケシは前を向いたまま、小さく息を吐く。
「……まったく。」
叱る気にもなれなかった。
◇
夕暮れ。
空は赤く染まり、街道は山あいへ続いていた。
道は少しずつ登り坂となり、左右を切り立った岩肌が囲み始める。
ターケシは前方を見据える。
谷。
その向こうに、霊廟へ続く丘が見える。
「……。」
速度を少し落とした。
後方の馬車も同じように速度を緩める。
「起きてくれ。」
ターケシが静かに声を掛ける。
「シフォン。」
「ロザリア。」
二人が目を擦りながら身体を起こす。
「もう着きましたか?」
「まだだ。」
ターケシは前を見たまま言う。
「フィリア。」
後方の馬車へ声を掛ける。
「前の谷が見えるか。」
フィリアは身を乗り出し、目を細める。
「見える。」
少し間を置き、
「……言いたいことは分かる。」
「人影は見えない。」
「いないのかもしれない。」
「隠れているのかもしれない。」
ターケシは頷く。
「それで十分だ。」
「見通しは悪い。逃げ場も少ない。街道を襲うなら、ここ以上の場所はない。」
「俺なら、ここで待つ。」
「……同感。」
フィリアも短く答えた。
ターケシは馬車を止める。
馬の首筋を優しく撫でながら、手早く馬具を緩め始めた。
その様子を見ていたリディアが近付く。
「何をしている。」
「念のためです。」
「この方が動きやすい。」
リディアは眉をひそめた。
「そんなことができるのか。」
「できます。」
少しだけ考え、
「……任せる。」
それだけ言って二台目へ戻った。
◇
再び馬車が走り始める。
谷へ入る。
半ばまで来た、その瞬間。
「今だ。」
ターケシが手綱を強く引いた。
馬が一気に加速する。
その瞬間、
「ご主人様!」
シフォンが上を指差した。
「上に人影!」
ロザリアは即座にレイピアを抜く。
「やっぱりですわ!」
ガラガラガラッ!!
巨大な岩が崖から転げ落ちる。
だが。
落ちた場所には、もう馬車はいない。
岩は二台目の後方を塞ぐように激しく砕け散った。
続いて無数の矢。
しかし速度を上げた馬車には届かない。
「フィリア!」
ターケシが叫ぶ。
「狙えるか!」
「任せて。」
揺れる馬車の上。
フィリアは迷いなく弓を引き絞る。
ヒュッ!
矢が空を裂く。
「ぐあっ!」
崖の上から男が転げ落ちた。
二射、三射。
悲鳴が続く。
だがターケシは一度も後ろを振り返らない。
視線は前方だけ。
谷の出口。
そこには十数人の盗賊が待ち構えていた。
「来たぞ!」
盗賊たちが身構える。
「くはは、観念しろ。金目のものと美人な奴隷を置いていけば命まで取らねぇ!」
頭目らしい髭面の男が吠える。
街道を塞ぐ太い丸太。
「あれじゃ突破できませんわ!」
ロザリアが叫ぶ。
「最初からそのつもりじゃない。」
ターケシは馬車を止めた。
御者台から飛び降りる。
手早く馬具を外す。
「シフォン、ロザリア!」
「馬車を頼む!」
「はい!」
「承知しました!」
ターケシは馬へ飛び乗った。
「ハイヤ!」
小さく声を掛ける。
馬は矢のように駆け出した。
「馬で突っ込んでくるだと?」
そのまま真っ直ぐ突っ込む。
「うわっ!」
手下たちは慌てて左右へ飛び退いた。
「てめぇら!」
頭目が怒鳴る。
「逃がすんじゃねぇ!」
その声を聞いたターケシは馬を返した。
今度は頭目だけを狙う。
「ちっ、いいどきょ…う…」
馬が跳ねる。
木剣が唸る。
ゴッ!
「ぐぇっ!」
頭目が馬上から叩き落とされる。
その瞬間、
左右からシフォンとロザリアが飛び出した。
「はあっ!」
「そこです!」
二人の剣が盗賊たちを追い立てる。
さらに、
ヒュッ!
ヒュッ!
フィリアの矢が逃げ道を塞ぐ。
戦意を失った盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように山へ逃げていった。
頭目だけが縄で縛られ、街道へ転がされている。
静寂が戻った。
エドガーが馬車から降りる。
縄で縛られた頭目を見て、静かに笑った。
「……お見事です。」
「噂に違わぬ腕前でした。」
リディアも周囲を確認しながら頷く。
「……見事な判断だった。」
「この者は領主軍へ引き渡そう。」
「後は土地の者が裁く。」
ターケシは馬の首を軽く叩く。
「それで十分です。」
再び馬車は走り始める。
谷を抜けると、
夕日に照らされた丘の上に、
古く荘厳な白聖王の霊廟が静かに姿を現した。
誰も口を開かなかった。
山賊との戦いは終わった。
だが。
本当の任務は、今始まろうとしていた。




