最初の朝食
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男は、まだ少し寝ぼけた頭で木の椅子に腰を下ろした。
宿の食堂は朝早いせいか客も少ない。 窓から差し込む柔らかな朝日が、磨ききれていない木の床を照らしている。
この宿は安宿だ。
部屋は狭いし、壁も薄い。 だが、食事と風呂だけは妙によかった。
宿の主人が運んできた朝食を見て、男は小さく頷く。
焼き立ての黒パン。 香草の香りが漂う太いソーセージ。 玉ねぎや芋が入った野菜のスープ。
豪華ではない。 だが、一日の始まりには十分だった。
「いただきます」
自然と口から出た言葉に、自分で少し苦笑する。
前の世界の癖だ。
向かいの席では、灰色の耳をぴくりと動かしながら獣人の少女が遠慮がちに座っている。
「た、食べてもいいんでしょうか……?」
恐る恐る尋ねてくる。
男はパンをちぎりながら答えた。
「朝飯だからな。食べないと損だぞ」
「は、はい!」
少女の顔が少し明るくなる。
その隣では金髪の少女が腕を組んでいた。
「ふん。わたくしは別に飢えてなど――」
ぐぅぅぅ。
盛大に腹が鳴った。
しばしの沈黙。
男は何も言わない。
獣人の少女も必死に笑いを堪えている。
「……見ました?」
「いや」
「聞きましたわよね?」
「聞いてない」
「聞いておりますわよね!?」
顔を真っ赤にした金髪の少女が机を叩いた。
男は肩をすくめる。
「冷める前に食え」
「……っ」
不満そうにしながらも、結局はソーセージに手を伸ばした。
その様子を横目に見ながら、男はもう一人の少女を見る。
風呂から戻ったあと、そのまま眠っていたエルフの少女もようやく席についたところだった。
「…おはようございます」
「おう」
「…昨夜は随分と早くお休みになりましたね」
「疲れてたからな」
それだけ答えてスープを飲む。
温かい。
身体に染み渡る。
しばらくは食器の音だけが響いた。
獣人の少女は夢中でパンを頬張り、
金髪の少女は貴族らしく上品に食べようとしているが、空腹には勝てず結局かなりの勢いで食べ、
エルフの少女はそんな二人を静かに見守っている。
男はふと、その光景を眺めた。
昨日まで他人だった。
奴隷市場で買った三人。
本来なら、ただの契約関係だ。
だが――
朝食の席で黙々とパンを食べている姿は、どこか家族の食卓を思い出させた。
妻。
三人の娘。
もう会えるかどうかも分からない家族。
胸の奥が少しだけ痛む。
「ご主人様?」
獣人の少女が心配そうに覗き込んでいた。
「どうかしましたか?」
男は首を振る。
「いや。なんでもない」
そう言って、残っていたパンを口に運んだ。
今日から忙しくなる。
冒険者ギルドへ行き、仲間登録を済ませ、依頼も探さなければならない。
――Cランクの依頼を受けるには、形だけでも仲間が必要だった。
だから買った。
ただ、それだけのはずだ。
はず、なのだが…
どうにも、調子がおかしかった。




