三人の苦手なもの
背の高い薬草畑の葉が、風に揺れる。
ターケシは、ざわわ…ざわわ…という元の世界の歌をなんとなく思い出した。
さとうきび畑でこそないが、魔力のある背丈ほどもある高い草の畑が一面に広がる。視界は良くない。
シフォンが鼻をふんふんと鳴らした。
「……いました。」
声を潜める。
ターケシも頷く。
「焦るな。」
「距離を詰めろ。」
シフォンは身を低くした。
猫が獲物を狙うように。
一歩。
また一歩。
生い茂った薬草の間を、音もなく近づいていく。
巨大イナゴは葉をかじっている。
まだ気付いていない。
あと三歩。
あと二歩。
あと一歩――。
シフォンが地を蹴った。
「そこっ!」
巨大イナゴは驚いて跳び上がる。
その瞬間だった。
「今ですわ!」
ロザリアの水弾が空中のイナゴを横から打つ。
羽が濡れ、姿勢が崩れる。
「落ちる。」
フィリアが静かに弓を引く。
放たれた矢が、羽の付け根を正確に射抜いた。
羽ばたきを失った巨大イナゴは、畑の外へ転がる。
そこへシフォンが飛び込み、ダガーを一閃。
戦いは一瞬で終わった。
ターケシは満足そうに頷く。
「いい連携だ。」
シフォンは少し照れくさそうに笑う。
「飛ぶって分かってれば、狙いやすいですね。」
「その通り。」
ターケシは続ける。
「飛び立つ瞬間は、力を脚に集中させる。」
「だから進路も読みやすいし、空中では急に方向を変えられない。」
フィリアも静かに付け加える。
「狩りでは、逃げる瞬間が最も危険で、最も仕留めやすい。」
ロザリアはレイピアを収めながら微笑む。
「昔お父様たちと行った狩猟を思い出しますわ。」
そうして何匹かの大イナゴを仕留めていく。
「次はこの区画です。」
薬草園の老夫婦に案内され、一行は背丈ほどもある薬草の間へ足を踏み入れた。
シフォンが鼻をふんふんと鳴らす。
「……います。」
そう言った瞬間だった。
ブォォォン……
低い羽音。
薬草の葉が大きく揺れ、黒緑色の巨大なカメムシが姿を現した。
人の胸ほどもある巨体。
硬い羽を震わせる。
「気を付けろ!」
ターケシが叫ぶ。
巨大カメムシは腹を持ち上げた。
次の瞬間。
ぷしゅうっ!
黄緑色の霧が噴き出した。
「くっ……!」
ターケシでさえ思わず顔をしかめる。
鼻を刺すような刺激臭。
腐った草と硫黄を混ぜたような、強烈な臭いだった。
「うぅ……っ。」
シフォンの耳がぺたりと寝る。
目には涙が浮かび、鼻を押さえながらよろよろと後ろへ下がる。
「ご、ご主人様ぁ……。」
思わずターケシの背中へ隠れる。
盾の陰から半分だけ顔を出し、
「くさいですぅ……。」
と涙目で訴えた。
ターケシは苦笑しながら盾を少し持ち上げる。
「大丈夫だ。」
「俺の後ろにいろ。」
「はいぃ……。」
シフォンは素直に頷き、盾の陰へぴたりと身を寄せる。
ロザリアは思わず笑ってしまう。
「ふふっ、シフォンさんにも苦手なものがありましたのね。」
その直後。
ガサッ。
別の薬草が大きく揺れた。
「……今度は何ですの。」
地面を這い出してきたのは、
丸太ほどもある巨大な毛虫だった。
何本もの腹脚をうねらせながら、
薬草をばりばりと食べている。
「ひぃっ……!」
今度はロザリアの腰が引けた。
「む、虫というより……。」
「なんですの、あれはぁ……!」
巨大毛虫は口から糸を垂らしながら、
のたうつように身体をくねらせる。
見た目だけで鳥肌が立つ。
フィリアだけは表情を変えなかった。
弓を静かに構える。
「頭。」
短く呟く。
ヒュッ。
矢が飛ぶ。
巨大毛虫の頭部へ命中。
しかし倒れない。
苦しそうに身体をくねらせる。
「まだ動く。」
二本目。
三本目。
四本目。
フィリアは一本一本、急所を確かめるように矢を射込んでいく。
巨大毛虫は激しくのたうち回る。
その様子を見たロザリアは、
「む、無理ですわ……!」
思わずターケシの後ろへ半歩下がった。
「近寄れません……!」
ターケシは思わず吹き出しそうになる。
「さっきまでシフォンを笑ってただろ。」
「それとこれとは話が別ですわ!」
真っ赤になって抗議する。
ようやく巨大毛虫が動かなくなる。
フィリアは矢筒へ一本戻し、淡々と言った。
「終わった。」
ロザリアは大きく息を吐く。
「助かりました……。」
一方、臭いがようやく薄れ、
シフォンも盾の陰から顔を出す。
鼻をふんふんと鳴らし、
「……もう臭くないです。」
そう言ってほっと胸をなで下ろした。
ターケシは三人を見回して笑う。
「よし。」
「今日の収穫が分かったな。」
シフォンが首を傾げる。
「なんですか?」
「シフォンは臭いに弱い。」
「ロザリアは毛虫に弱い。」
ロザリアは頬を膨らませる。
「言わなくてよろしいですわ。」
ターケシはフィリアを見る。
「で、お前は苦手なものはないのか?」
フィリアは少し考え、
本当に真面目な顔で答えた。
「……料理。」
一瞬、静寂。
そして四人は顔を見合わせ、
薬草園に笑い声が響いた。




