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ランクアップ

冒険者ギルドの扉が開く。

「おはようございます。ただいま戻りました。」

ギルド内が静まり返る。

ターケシたちは依頼票と報告書、そして布に包まれた一冊の本を受付へ置いた。

ギルドマスターが目を通していく。

坑道の安全確認。

ゴブリンの群れを討伐。

コボルドを掃討。

ジャイアントワーム討伐。

旧礼拝堂に巣食っていたジャイアントスパイダー討伐。

そして――

「……死霊術の本?」

ターケシは静かに頷く。

「礼拝堂の地下祭壇で発見しました。」

ギルドマスターの表情が変わる。

慎重に本を布で包み直し、近くの職員へ告げる。

「これは…誰にも触らせるな。王宮へ知らせを。」

職員が慌てて本を運んでいく。

ギルドマスターは腕を組み、ターケシたち四人を見回した。

「……それで?」

「他に報告は。」

ターケシは少しだけ間を置く。

「坑道のさらに奥に出口がありました。」

「危険はありません。」

「それだけです。」

ドワーフの街については、一言も語らない。

約束だからだ。

ギルドマスターはターケシの目を見る。

何か隠していることは察した。

だが、追及はしない。

冒険者にも守秘義務はある。

「……まあいい。」

そう言って深く息を吐く。

「正直に言う。」

「これはCランクどころの功績じゃねえ。」

ギルド内がざわつく。

「普通ならBランクの討伐依頼を何件も達成したような成果だ。」

受付嬢も驚いた顔で頷いている。

「俺はお前たちをBランクへ推薦してもいいと思っている。」

沈黙。

ふわあぁ…とシフォンが尊敬と驚きの混じった目で見つめてくる。

「ありがたい」

ターケシは静かに首を横へ振った。

「…ですが、その話は、お断りします。」

ギルド中が息を呑む。

「……理由を聞いてもいいか。」

ターケシは三人を見る。

シフォン。

ロザリア。

フィリア。

そして答えた。

「今回、生きて帰れたのは実力だけじゃありません。」

「運も良かった。」

「偶然も重なった。」

「もし次も同じような依頼が続けば、今度は誰かが死ぬ…ということにはならなくとも、怪我はするかもしれません。」

静かな声だった。

「俺たちはまだ強くなれます。」

「だから今は、Cランクとして一つ一つ依頼を積み重ねたい。」

「仲間を危険以上の場所へ連れて行くつもりはありません。」

シフォンはその横顔を見つめる。

この人らしい。

そう思った。

ロザリアは小さく微笑む。

フィリアも静かに見つめる。

ギルドマスターはしばらく黙っていた。

やがて豪快に笑う。

「はっはっは!」

「そう来たか!」

「実力がある奴ほど、早く上へ行きたがるもんだと思っていたが。」

ターケシは肩をすくめる。

「俺は臆病なんです。」

「違うな。」

ギルドマスターは首を振る。

「慎重なんだ。」

そう言うと、受付嬢へ向き直る。

「ターケシたちを正式にCランクへ昇格。」

「それと。」

「Cランク依頼の中でも、少し歯ごたえのある依頼を優先して回してやれ。」

「Bランクへ上げるのは、その全部を片づけてからでも遅くねぇ。」

ターケシは深く頭を下げた。

「ありがとうございます。」

ギルドマスターは笑いながら答える。

「礼なら、全部片づけてから言え。」


冒険者ギルドの依頼板には、Cランクの依頼がずらりと並んでいた。

討伐、護衛、巡回、採集――。

その前で、シフォンは目を輝かせている。

「ご主人様!」

くるりと振り返り、尻尾が忙しなく揺れた。

「どれにしますか!」

「オーガですか!」

「盗賊ですか!」

「それとも新しい洞窟ですか!」

ターケシは依頼票を一枚手に取る。

「これだな。」

シフォンは期待に満ちた顔で覗き込む。

『王都南薬草園 巨大害虫駆除』

「…………。」

数秒、沈黙。

「えっ?」

「害虫ですか?」

「害虫だ。」

「……虫。」

「虫だ。」

シフォンの耳がしょんぼりと垂れた。

ロザリアが思わず口元を押さえる。

「ふふっ。」

フィリアもわずかに目元を和らげた。

ターケシは苦笑しながら依頼票を丸める。

「派手な依頼ばかりが冒険者の仕事じゃない。」

「薬がなければ怪我人は助からない。」

「薬草がなければ薬も作れない。」

「こういう依頼をきちんとこなす冒険者がいるから、街は成り立っている。」

シフォンは少し考え込む。

「……なるほど。」

「よくはわかりませんけど。」

ターケシは笑う。

「それでいい。」

「今日は勉強だ。」

「はい!」

さっきまで落ち込んでいたとは思えないほど元気よく返事をする。

その切り替えの早さに、三人とも思わず笑ってしまった。

王都郊外。

一面に薬草が広がる畑。

風に揺れる青々とした葉からは、ほのかに薬草特有の爽やかな香りが漂っている。

「おお、来てくださったか。」

迎えてくれたのは、白髪の老夫婦だった。

日に焼けた顔には深い皺が刻まれているが、その笑顔は穏やかで温かい。

「遠いところをありがとうございます。」

おばあさんが深々と頭を下げる。

ターケシたちも礼を返した。

老人は畑の一角を指差した。

「あそこなんです。」

見ると、薬草の葉があちこち食い荒らされている。

「最近、虫が急に大きくなりましてな。」

「普通の殺虫薬じゃ効かんのです。」

「夜になると畑中を食い荒らしてしまって……。」

ロザリアがしゃがみ込み、葉を手に取る。

「噛み跡が大きいですわ。」

フィリアは周囲の木々へ視線を向ける。

「昼はどこかへ隠れている。」

シフォンは鼻をひくひく動かした。

「土の匂い……。」

「こっちです!」

勢いよく畑の奥へ駆けていく。

ターケシは笑いながら後を追った。

「焦るな。」

「まずは周囲を見てからだ。」

その一言に、シフォンは「あっ」と足を止める。

まだまだ学ぶことは多い。

けれど、その素直さこそが彼女の強みだった。

四人は薬草畑の奥へと足を踏み入れる。

やがて土が盛り上がり――

ガサガサッ!

人の頭ほどもある巨大な甲虫が、翅を震わせながら姿を現した。

「うわっ!」

シフォンが思わず一歩引く。

ターケシは盾を構えながら笑う。

「ほら。」

「害虫駆除も、立派な冒険者の仕事だ。」

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