安らぎの時間
ふと、頬を風が撫でる空気に気づく。
「……風?」
冷たく、湿った坑道の空気とは違う。
乾いた、どこか草の香りを含んだ風だった。
耳を澄ます。
確かに、奥から流れてくる。
「坑道に風が吹くということは。」
ターケシは静かに呟く。
「近くに通風孔か、もう一つ出口がある。」
「行ってみましょう。」
四人は祭壇のさらに奥へ足を進めた。
細い通路は次第に上り坂になり、やがて行き止まりに見える岩壁へと続いている。
ターケシが肩で岩を押す。
ごろり、と鈍い音を立てて岩がわずかに動いた。
隙間から、眩しい光が差し込む。
四人で力を合わせると、岩はさらに開いた。
外だった。
草に覆われた斜面。
長い年月、誰にも見つからなかった秘密の出口。
ターケシは大きく息を吸う。
湿った空気とは違う、初夏の草木の香りが胸いっぱいに広がる。
陽の光が、まるで「よく帰ってきた」と迎えてくれているようだった。
シフォンは耳をぴんと立て、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「外……です。」
ロザリアは空を見上げ、小さく笑う。
「やっぱり、お日様はいいですわね。」
フィリアも細く目を閉じ、木々を渡る風の音に耳を傾けていた。
ターケシは地図を広げる。
「この近くに温泉と宿がある。」
「今日はそこで身体を休めよう。」
三人は顔を見合わせる。
そして揃って頷いた。
長い地下での戦いは終わった。
ターケシは露天風呂の岩にもたれ、静かに目を閉じる。
湯の流れる音。 風に揺れる木々。
「……久しぶりに落ち着くな。」
そう呟いた直後だった。
「きゃーっ! ロザリアさん、お肌すべすべです!」
シフォンの大きな声が、板壁一枚隔てた向こうから響いた。
(……近いな。)
ターケシは苦笑する。
宿の造りを考えれば、隣が女湯なのだろう。
「うふふ。それよりシフォンの耳、ふわふわですわね。」
「きゃっ、くすぐったいです!」
三人の笑い声が響く。
ターケシは天を仰いだ。
(平和だな……。)
その時。
「フィリアさんも、もっとこっちへ来てください!」
「……熱い。」
「大丈夫ですって!」
ぱしゃっ。
湯を掛け合う音。
「……シフォン…」
「きゃー、ごめんなさい!」
また笑い声。
ターケシも思わず笑みを浮かべる。
(楽しそうで何よりだ。)
顎まで湯に浸かる。
「そういえば、ご主人様って、結構たくましい体してますよね。」
ぶふっ。
ターケシは危うく湯を飲み込むところだった。
「シフォン、見たことがありますの?」
「朝、着替えの時に少しだけ……。」
「傷もたくさんありましたわね。」
「……昔の傷。」
ターケシは額を押さえる。
だが向こうは止まらない。
「でも、髪を洗ってくれたり、服を洗ってくれたり……。」
「シフォンはいつも髪も上手に乾かしてもらってますわね。」
「……料理もできる。」
「すごく優しいです。今までのご主人様の誰よりも。」
「そうね。」
「……うん。」
三人が自然に頷く。
盗み聞きでもないのだが。
(聞かなかったことにしよう。)
そう決意して立ち上がろうとした、その時。
「今度、ご主人様の好きな食べ物、聞いてみましょう!」
「いいですわね!」
「……賛成。」
ターケシは静かに湯船から立ち上がる。
足早に脱衣所へ向かう。
その背中を、宿の主人が不思議そうに見送った。
「お客さん、もう上がるんですか?」
「ああ……のぼせる前にな。」
そう言って逃げるように去っていくターケシ。
その頃、女湯では。
「そういえば、この宿、男湯ってどこなんでしょう?」
シフォンが何気なく尋ねる。
ロザリアが露天の板壁を見上げる。
「……あら。」
フィリアも視線を向ける。
「……。」
三人は顔を見合わせる。
シフォンが赤くなったのは、湯あたりのせいではないだろう。




