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鎮魂の一撃

焼け落ちる巣の中から、黒い巨体が姿を現した。

八本の脚が床へ降り立つたび、

ドン。

ドン。

石畳が低く震える。

やがて怪物はターケシたちの前で止まった。

次の瞬間だった。

ギィィィィィッ!!

耳をつんざくような咆哮。

同時に八本の脚が大きく左右へ開く。

礼拝堂の通路いっぱいに広がる漆黒の脚。

一本一本が丸太ほども太く、節には黒い剛毛が密生している。

二本の前脚は高々と持ち上げられ、まるで槍を突きつけるようにターケシたちを威嚇した。

腹部を持ち上げ、巨大な牙をむき出しにする。

牙の先からは粘り気のある毒液が糸を引き、石畳へ落ちた雫が白い煙を上げた。

「……なるほど。」

ターケシは盾を静かに構える。

「礼拝堂で育つ限界だな。」

五メートル近い脚幅。

これ以上大きければ柱をすり抜けられない。

逆に言えば、この空間で最も動きやすい大きさまで育ち切ったということだ。

「だから強い。」

ターケシは盾を構えたまま叫ぶ。

「フィリア! まず目だ!」

「はい!」

弦が鳴る。

放たれた矢は炎に照らされた黒い頭部へ一直線に飛び――

ブシュッ!

一つの眼球を正確に射抜いた。

ギィィィィィッ!!

ジャイアントスパイダーが苦悶の咆哮を上げ、頭を大きく振る。

残る眼が忙しなくターケシたちを追うが、先ほどまでの正確さはない。

「効いてる!」

ロザリアが叫ぶ。

ターケシは頷く。

「ああ。視界が乱れた。」

二射。

三射。

矢は次々と黒い頭部へ突き刺さり、さらに二つの眼を潰した。

怪物は怒り狂ったように前脚を振り上げる。

「来るぞ!」

ターケシは盾を構え、一歩前へ出た。

巨大な脚が槍のような勢いで突き下ろされる。

ガァンッ!!

鋼鉄同士がぶつかったような衝撃。

ターケシの足元の石畳が砕ける。

腕が痺れる。

だが退かない。

「ロザリア!」

「はい!」

火球が飛ぶ。

蜘蛛へ直接当てるためではない。

怪物の左右へ。

さらに背後へ。

炎が石畳を舐め、燃え残っていた蜘蛛の巣を次々と焼き払う。

ジャイアントスパイダーは炎を嫌い、脚を止める。

前へ出れば火。

横へ跳べば火。

動ける場所が狭まっていく。

「そのまま焼き続けろ!」

「はい!」

火球が次々と礼拝堂へ炸裂する。

蜘蛛の注意は、盾を構えるターケシと燃え広がる炎へ向いていた。

その時だった。

「……今。」

誰にも聞こえないほど小さく呟き、シフォンが床を蹴る。

低い。

地を這うような姿勢。

ターケシの背後を抜け、炎の死角を縫うように巨体の側面へ回り込む。

ジャイアントスパイダーは追いつけない。。

眼を射抜かれたことで視界は乱れ、正面のターケシへ意識が集中している。

シフォンは一本の脚の付け根へ滑り込んだ。

右手のダガーを突き立てる。

左手のダガーを交差させる。

「はぁっ!」

交差する二本の刃が、関節の柔らかな隙間へ深く食い込む。

そのまま全身をひねる。

メリッ。

外骨格が悲鳴を上げる。

続いて、

バキィッ!!

一本の長い脚が根元から折れ、石畳へ叩きつけられた。

ギィィィィィィッ!!

礼拝堂を揺るがす絶叫。

巨体が大きく傾く。

ターケシは盾を押し込みながら口元をわずかに上げた。

「よし。」

「このまま攻め続けて勝つ。」


ジャイアントスパイダーは、残る脚でなお立ち上がろうともがいていた。

しかし一本。

また一本。

シフォンが斬り落とした脚が礼拝堂の床へ転がる。

フィリアの矢はなお眼を射抜き、ロザリアの炎は退路を塞ぎ続ける。

やがて。

巨体は前のめりに崩れ落ちた。

なおも牙を鳴らし、ターケシへ這い寄ろうとする。

その姿に、ターケシはゆっくりと剣を構えた。

「……お前に恨みはない。」

蜘蛛は低く唸る。

その黒い身体にも、幾本もの矢が刺さり、脚は折れ、甲殻は焼け焦げていた。

「だが、生かしてはおけない。」

ターケシは一歩踏み出す。

「恨むなら――」

剣を両手で握り直す。

「俺だけを恨め。」

渾身の力を込めて、剣を振り下ろす。

ゴッ――!!

刃は硬い甲殻を貫き、そのまま頭部の奥深くまで突き刺さった。

ジャイアントスパイダーの身体が大きく痙攣する。

短くなっていた八本の脚が一斉に伸びる。

そして――動かなくなった。

礼拝堂に静寂が戻る。

燃え残った蜘蛛の巣が、ぱちり、と小さく音を立てて崩れ落ちた。

ターケシは剣を引き抜き、亡骸を静かに見下ろえる。

「……終わった。」

誰も歓声は上げなかった。

この勝利は、誇るためのものではない。

迷える魂に操られた怪物を討ち、その呪いを終わらせるための戦いだったのだから。

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