ジャイアントワームとの決戦
「お前たちは、坑道で何をしていた。」
低く響く声。
石造りのの部屋。
扉は太い鉄格子。
石の寝台と机が一つずつ置かれているだけだ。
客間と呼ばれたが、ターケシにはどう見ても牢屋だった。
向かいには、白い髭を胸まで垂らした老ドワーフ。
左右には完全武装の兵士が二人。
「……廃鉱山の探索です。」
「ほう。」
「人間には、とっくに打ち捨てられた鉱山のはずだ。」
老ドワーフの眼光は鋭い。
「何を探していた。」
ターケシは少し考え、口を開く。
「魔物の討伐依頼です。」
「ゴブリンとコボルドが住み着き、近隣の村を襲っていました。」
「冒険者ギルドから依頼を受けた。」
長老は黙ったまま聞いている。
「仲間は?」
「別室だ。」
ターケシは静かに言った。
「約束してくれ。」
「三人には手を出さない。」
「連れてきたのは俺だ。」
「事情も、ここへ来た経緯も、詳しく知っているのは俺だけだ。」
長老はしばらくターケシを見つめ、
やがて頷いた。
「お主が素直に話すなら、他の者には何もせん。」
その一言で、ターケシは少し肩の力を抜く。
「……ありがとう。」
そして語り始める。
「最近、廃鉱山へ入った人間が何人も帰ってきません。」
「それで――」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……
部屋全体が揺れた。
机の上のランプが倒れる。
兵士の一人が叫ぶ。
「地震か!」
長老は首を振った。
その顔から血の気が引いている。
「違う……。」
遠くから、岩盤を削るような音が響く。
ズズズズズ……
ズズズズズ……
ターケシは顔を上げた。
聞き覚えのある音だった。
「……まさか。」
兵士が駆け込んでくる。
「長老!」
「封鎖坑道です!」
「岩喰らいが現れました!」
長老が立ち上がる。
ターケシも立ち上がる。
「やっぱり追ってきたか……。」
長老が振り返る。
「俺たちを追っていた。」
「坑道の崩落で撒いたと思ったが……。」
「獲物を諦めていなかったんだ。」
長老は舌打ちする。
「まずい……。」
「奴は街へ入る。」
ターケシは即座に答えた。
「囮になります。」
兵士たちがざわつく。
「何?」
「俺たちを追っているなら、目の前にいれば追ってくる。」
「その間に住民を避難させてくれ。」
長老は険しい顔のまま言う。
「死ぬぞ。」
ターケシは笑った。
「冒険者ってのは、そういう仕事です。」
「それに……」
「今度は広い場所で戦える。」
長老の目が変わる。
目の前の人間は、自分の命惜しさで逃げようとはしない。
自分たちの街を守るため、囮になると言っている。
長老はターケシをじっと見つめた。
沈黙が流れる。
やがて、小さく頷く。
「……よかろう。」
兵士たちが驚いて長老を見る。
「長老!」
長老は鋭い目をターケシへ向けたまま言った。
「ただし、勘違いするな。」
「まだお主らを信用したわけではない。」
「もし勝手に逃げ出し、この街へ奴を引き込んだら――」
長老は戦槌の柄を床へ叩きつける。
ゴンッ。
「背骨を引き抜いてやる。」
「構いませんよ。」
あえて煽るようにヘラリと笑う。
「門を開けろ。地上人たちに武器を返せ。」
長老の眼光が一際厳しくなる。
「戦士たちを集めろ。大弩に人を配置しろ。地上人たちを前に出せ。」
「 ミミズ狩りだぞ!」
ジャイアントワームは採掘場から街へ迫る。
門から弾かれるように飛び出した四人。
ターケシが叫ぶ。
「シフォン! 鼻先を走り回って連れてくるぞ!」
「わかりました!誘導します!」
シフォンは岩場を蹴り、大ミミズの視界を横切る。
振動を追う大ミミズは、そのままシフォンを追いかけ始める。
その先には、街の正門…ドワーフたちが築いた防衛線があった。
巨大な大弩が六基。
岩盤や櫓の上へ固定され、巨大な鋼鉄の矢が番えられている。
長老が拳を振り上げる。
「まだだ……!」
ターケシたちは最後の瞬間まで引きつける。やがて門まであと少し。
「今だ!」
風を切る轟音。
六本の大矢が一斉に放たれる。
ズドォォォォン!!
三本が命中。
一本は口元の顎上に刺さり、
二本は胴を貫く。
ジャイアントワームは苦悶の咆哮を上げる。
ドワーフたちから歓声が上がる。
「やったぞ!」
「仕留めた!」
しかし次の瞬間。
ズズズズズ……
巨体が再び地中へ潜る。
長老の顔色が変わる。
「まだ生きておる!」
地面が激しく波打つ。
ターケシたちを追い越す。
振動の先は、避難していたドワーフたちの広場だった。
「逃げろ!」
悲鳴。
大ミミズが群衆の真下から飛び出す。
「きゃあっ!」
幼いドワーフの少女が転び、その巨口に飲み込まれる。
母親が叫ぶ。
「リッタ!」
間に合わない。
その瞬間。
ターケシが飛び込んだ。自らを滑り込ませる。
盾を牙へ押し込み、両腕と両足で踏ん張り、で上下の顎を押し広げる。
「うおおおおっ!」
そして片手で少女を抱き寄せた。
「しっかりつかまれ!」
次の瞬間、ジャイアントワームはそのまま口を閉じる。
「ご主人様!」
シフォンが叫ぶ。
ロザリアの顔から血の気が引く。
「中に……!」
フィリアが諭す。
「…だいじょうぶ。チャンスが来るから、魔力をためて。」
ロザリアは深く息を吸う。
両手の間に、小さな火球が生まれる。
しかし、それはいつもの火球ではない。
圧縮。さらに圧縮。
炎は拳ほどの大きさしかない。
だが、その熱量は周囲の空気を揺らし、石畳を赤く染める。
大ミミズが口を開こうとした、その一瞬。
「 お願い、しますわ!」
火球を一直線に解き放つ。
ターケシは少女を抱えたまま、口腔の奥で横へ体を捻る。
火球は二人の肩先をかすめ、
喉の奥へ吸い込まれた。
「《爆ぜなさい!》」
轟音。
圧縮されていた炎が一気に解放される。
爆炎は外へ漏れることなく、ジャイアントワームの体内を焼き尽くした。
断末魔。
巨体は狂ったように暴れ、
そのまま地下川へ川岸を削りながら転落していく。
大きな水柱が立った。
静寂。
「ご主人様……!」
シフォンが岸へ駆け寄る。
数秒後。
水面から一つの盾が現れた。
続いてターケシ。
片腕には、しっかりとドワーフの少女を抱きかかえている。
少女はターケシの首にしがみつき、小さく泣いていた。
ターケシは苦笑する。
「……もう、大丈夫だ。」
その言葉に、ドワーフたちから歓声が上がった。
命を懸けて自分たちの子どもを救った戦士へ捧げる、最大限の敬意と称賛だった。




