巨大なミミズのような
ゴブリンの足跡は、坑道のさらに奥へと続いていた。
道幅は人が二人並ぶのがやっと。
床は平らではなく、崩れた岩や土砂が行く手を阻み、腐りかけた支柱が天井を辛うじて支えている。
ターケシはしゃがみ込み、足跡に触れた。
「まだ新しい。遠くへは行っていない。」
シフォンが小さく息を吸い込む。
「……ゴブリンと、コボルドの匂いです。すぐ近くにいます。」
その時だった。
シフォンの耳がぴくりと立つ。
「……待って。」
全員が足を止める。
静まり返った坑道。
どこからともなく、低い音が響く。
ズ…………
ズズズ……
まるで巨大な石臼を引きずるような、鈍く重い音。
ターケシは眉をひそめた。
「ゴブリンじゃない。」
音は足元から聞こえてくる。
ズズズズズ……
ロザリアが息を呑む。
「地面が……揺れていますわ。」
細かな土が跳ねる。
転がっていた小石が、かたかたと震え始めた。
フィリアが弓を構える。
「…何かが、地中を掘っている。」
その瞬間。
ゴゴッ――!
坑道の床が大きく盛り上がった。
土が波打つ。
まるで大地そのものが生きているかのように。
「下がれっ…!」
シフォンの襟首をつかんで引き戻す。
ドォォォン!!
土と岩を吹き飛ばしながら、巨大な肉塊が地面を突き破った。
全身をウロコ状の表皮に覆われた、土色の巨体。
胴回りは大人三人が手をつないでも届かないであろうほど太く、その長さは坑道の奥へと消えている。
頭部には目らしいものはない。
あるのは、幾重にも並んだ無数の鋭い歯だけ。口がとじられる。
ギギギギ……
歯が擦れ合う不快な音が坑道に響く。
シフォンが思わず息を呑んだ。フィリアがつぶやく。
「……ジャイアントワーム。」
ターケシは盾を構え、一歩前へ出る。
「逃げろ!狭い坑道じゃ戦えん!」
その言葉を聞き終える前に、ジャイアントワームの巨体が再び土の中へ潜った。
地面が、一直線に盛り上がりながら四人へ向かってくる。
「来るぞ!」
この魔物は目がない。
代わりに
地面の振動
足音
血の匂い
を頼りに獲物を探す。
剣で斬っても皮膚が厚く傷が浅い。
ターケシが盾で受け止める。
「ぐっ……!」
数メートル吹き飛ばされる。
「硬い……!」
「戦うな! 下がる!」
「えっ!?」
ロザリアが驚く。
「この広さじゃ盾も振れん! 逃げるぞ!」
四人は来た道を駆け出した。
後方では、轟音を立てながら坑道が崩れていく。
ターケシは頭の中に坑道の地図を思い浮かべる。
(ここへ来る途中……)
(三つ目の分岐を左。)
(その先に採掘場跡があった。)
探索を始めてから、彼は意識的に周囲を観察していた。
坑道の幅。
落盤の危険。
退路。
そして、万が一魔物と遭遇した場合に戦える場所。
冒険者として生きる中で身につけた習慣だった。
「もう少しだ!」
シフォンが振り返る。
「まだ来ます!」
ズドォォン!
ジャイアントワームが再び地面を突き破る。
ターケシは盾で土砂を受け止めながら叫ぶ。
「止まるな!」
やがて坑道が大きく開けた。
そこはかつて鉱石を掘り出していた採掘場だった。
直径三十メートルほどの円形空間。
天井も高い。
「ここだ!」
四人は一斉に散開する。
ターケシが盾を構え、ジャイアントワームへ向き直る。
「ようやく条件は五分だ。」
ジャイアントワームが猛烈な勢いで突進する。
ダンジョン全体が揺れる。
ズドォォォォン!!
巨大な体が壁へ激突した。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……
床一面に亀裂が走る。
「しまった!」
ターケシが叫ぶより早く、
床が崩壊した。
四人は暗闇へ落下する。
長い落下。
水の中へ飛び込む。
地下河川だった。
流れに押されながら岸へ這い上がる。
ターケシが周囲を見る。
「……ここは、どこだ?」
そこは人工的に削られた巨大洞窟だった。
何メートルあろうか、高い天井には無数の青白い発光鉱石。
遥か彼方には巨大な石橋。
さらにその奥には――
岩山そのものを削って築かれた巨大都市。
煙突から立ち上る白煙。
溶鉱炉の赤い光。
巨大な歯車。
響く鍛冶の槌音。
カン、カン、カン――。
シフォンが目を丸くする。
「町……?」
フィリアは静かに語る。
「……ええ。」
「あれはドワーフの町です。」
ターケシたちは、地図にも載らない地下世界――ドワーフの国へと迷い込んでしまったのだった。




