初めての稽古
夕食後、宿の食堂にも人の姿が少なくなってきた。
シフォンは食器を重ね、ターケシの前へ置く。
「ごちそうさまでした。」
「ああ。」
ターケシは湯飲みのお茶を一口飲むと、シフォンへ目を向けた。
「シフォン。」
「はい?」
「少し体を動かさないか。」
灰色の耳がぴんと立つ。
「はい!」
その返事に、ロザリアが思わず笑う。
「本当にターケシに懐きましたわね。」
シフォンは照れくさそうに耳を伏せる。
「えへへ……。」
「行ってきます。」
ターケシは立ち上がる。
「ロザリア、フィリア。少し借りるぞ。」
「はい。」
「いってらっしゃい。」
二人に見送られ、ターケシとシフォンは宿の裏庭へ出た。
夜風が火照った体を心地よく撫でる。
ターケシは腰の袋から二本の木製短剣を取り出した。
二本ともシフォンへ渡す。
「今日は基本だ。」
シフォンは木剣を受け取り、真剣な表情で構える。
ターケシも二本の短剣を静かに構えた。
「よく見ろ。」
一歩踏み込む。
二本の短剣が同時に動く。
右は喉元へ。
左は肩口へ。
無駄のない、鋭い一歩だった。
ターケシはそのまま構えを解く。
「もう一度。」
今度はゆっくり。
足運びまで見える速度で繰り返す。
シフォンは食い入るように見つめていた。
「……ご主人様。」
「どうして二本とも前に出るんですか?」
ターケシは少し笑う。
「一本だけで攻めたら、一刀と変わらない。そして一刀に劣る。」
「二刀は、二本で攻める。」
木製短剣を軽く合わせる。
「そして。」
再び構える。
今度はシフォンへ頷く。
「打ってこい。」
「はい!」
シフォンが真っ直ぐ飛び込む。
ターケシの二本の短剣がほぼ同時に動いた。
一方がシフォンの短剣を外へ流し、
もう一方は、すでに喉元へ届いている。
「守る時も一本じゃない。」
ターケシは静かに言う。
「二本で守る。」
「攻める時も。」
「二本で攻める。」
シフォンは何度もその動きを見返した。
「一本ずつ動かすんじゃ……ないんですね。」
「ああ。」
ターケシは頷く。
「二刀流は、右手と左手で戦うものじゃない。」
少し間を置いて続ける。
「想像してみろ。」
「大男が一人いる。」
「正面から勝負したら、お前は力負けする。」
シフォンは素直に頷いた。
「はい。」
「でも。」
ターケシは二本の短剣を静かに開く。
「その大男へ、二人の小柄な剣士が同時に襲いかかったらどうなる。」
シフォンは目を瞬かせる。
ターケシは左右へ一歩ずつ踏み分けるように体をさばく。
「右を見れば左が来る。」
「左を追えば右が来る。」
「片方だけを相手にはできない。」
ターケシは木製短剣を胸の前で揃えた。
「二刀流は、一人で戦う剣じゃない。」
「一人で、二人になる剣だ。」
夜風が静かに吹き抜ける。
シフォンはその言葉を胸の中で繰り返した。
「……一人で、二人。」
「そうだ。」
ターケシは笑う。
「お前は力で勝つ必要はない。」
「相手に『二人と戦っている』と思わせれば、それでいい。」
シフォンはゆっくりと二本の短剣を構えた。
ターケシの動きを思い出しながら。
二本を別々ではなく、一つとして。
「よし。」
ターケシは頷く。
「じゃあ、百回だ。」
「ひゃ、百回ですか?」
「基本は裏切らない。」
シフォンは苦笑しながらも姿勢を正す。
「はい!」
月明かりの下。
「一人で、二人になる。」
その言葉を胸に刻みながら、小さな獣人の少女は何度も基本を繰り返した。
「腕だけで振るな。」
「胸の前で、ハサミを閉じるように。」
「そうすれば自然と力が乗る。」
シフォンが真似してみる。
最初は左右の短剣がばらばらに動く。
ターケシは軽く首を振る。
「違う。」
「右と左で戦うな。」
「二本で一つだ。」
もう一度。
今度は二本の短剣が体の正面で交差するように動く。
ターケシは頷く。
「そうだ。」
「その感覚を忘れるな。」
さらに応用として、
「相手が正面なら平行に。」
「腕を狙うなら少し斜め。」
「剣を挟むなら直角に近く。」
と、角度だけを変える。
「動きの原理は同じで、狙う場所に応じて開き方や閉じ方を変えるだけだ。」




