闇の中の待合所
街道脇の大樹の木陰。
王都へ続く道を行く旅人たちが、ときおり遠くを通り過ぎていく。
四人はそこで休憩を取っていた。
ターケシは水筒の栓を閉めると、布に包んだ死霊術の本へ視線を落とした。
黒い革表紙。
見ているだけで嫌な気配を感じる。
「妙だな」
ぽつりと呟く。
ロザリアが顔を上げた。
「何がですの?」
ターケシは少し考えてから答えた。
「あの教会だ」
フィリアも耳を向ける。
「教会ですか」
「ああ」
ターケシは地面に小枝で簡単な図を描く。
「人骨の山」
丸を描く。
「死霊術の本」
さらに印をつける。
「そしてスケルトンの群れ」
ロザリアは顔をしかめた。
「十分異常ですわ」
「だがな」
ターケシは首を振る。
「死霊術師の隠れ家なら、もっと奥地でいい」
フィリアも頷く。
「確かに」
「わざわざ街道からそう遠くない場所を選ぶ理由がわからん」
風が吹く。
葉が揺れる。
ロザリアが腕を組む。
「誰かが使っていた?」
「かもしれん」
ターケシは教会を思い出していた。
崩れた礼拝堂。
だが。
完全に朽ち果てていたわけではない。
人が出入りした痕跡。
踏み固められた床。
「あそこ」
ターケシが呟く。
「思ったより荒れてなかった」
フィリアの目が細くなる。
「つまり」
「最近まで誰かが使っていた可能性がある」
ロザリアの顔から血の気が引いた。
「では、あのスケルトンは」
「番犬かもしれん」
静寂。
嫌な可能性だった。
「誰かが近づいたら襲う」
「人を遠ざけるために」
フィリアが低く言う。
「あり得ます」
ターケシも同意した。
「問題は何を隠していたかだ」
答えは出ない。
ターケシは木にもたれながら言った。
「誰かが利用していたのは間違いないな」
フェルネアも頷く。
「死霊術の本だけではありません。あの場所には人の出入りがあった形跡がありました」
「だろうな」
ターケシは腕を組む。
「問題は何のために使っていたかだ」
デイジーも考え込む。
「もし犯罪者の隠れ家でしたら厄介ですわね」
「厄介どころじゃない」
ターケシは苦笑する。
「王都の近くにそんな場所があったなら大問題だ」
フェルネアが静かに言う。
「放置されていた理由も気になります」
デイジーが顔をしかめる。
「管理する者がいなかったのでしょうか」
「あるいは」
フェルネアが続ける。
「誰かにとって都合が良かったのかもしれません」
空気が少し重くなる。
その時。
「ねえ」
小さな声がした。
シフォンだった。
皆が振り返る。
獣人の少女は膝を抱えて座っている。
少し考え込むような顔。
「子供たちは」
ぽつりと呟く。
「どこへいっちゃったんでしょうか」
三人が顔を見合わせる。
「子供?」
ロザリアが聞き返す。
シフォンは頷いた。
「あそこ」
教会の方角を見る。
「昔は教会だったんですよね」
「ああ」
ターケシが答える。
「たぶんな」
「じゃあ」
シフォンは続ける。
「神父様とか」
「シスターとか」
「子供とか」
「いたんですよね」
誰も答えない。
シフォンは本当に不思議そうだった。
「ご飯食べたり」
「お祈りしたり」
「遊んだり」
「そういう人たちです」
風が吹く。
「でも」
シフォンは俯く。
「誰もいませんでした」
その言葉に。
「なんだか」
「かわいそうです」
その言葉はあまりにも素朴だった。
誰も反論できない。
何年も前の話だ。
教会がいつ廃墟になったのかも分からない。
神父がどうなったのかも。
シスターがどこへ行ったのかも。
子供たちが生きているのかさえ。
もう追う者はいない。
王都の人々にとっては忘れられた話だ。
冒険者ギルドにとっても。
領主にとっても。
ただの古い廃墟。
それだけだった。
だからこそ。
シフォンの言葉は妙に胸に残る。
かわいそう。
それは事件を解決する言葉ではない。
真実を暴く言葉でもない。
ただ。
忘れられていた人たちを思い出す鎮魂の言葉だった。




