奔流
「溜まりました!」
ターケシが振り返る。
「やれ!」
ロザリアがレイピアを振り抜く。
「水よ!押し流せ!」
轟音。
濁流が階段を駆け下りる。
スケルトンの群れを飲み込み、
壁へ叩きつけ、
床へ押し流し、
骨を粉砕する。
ガラガラガラガラ―――!!
地下室が揺れる。
濁流が去った後、
残ったのは砕けた骨の山だけだった。
地下室に静寂が戻った。
砕けた骨が床に散らばっている。
湿った空気。
水魔法の名残。
耳が痛くなるほどの静けさだった。
ターケシはしばらく周囲を警戒していたが、やがて木盾を下ろした。
「……終わったか」
誰も動かない。
全員が張り詰めていた緊張をまだ解けずにいる。
ターケシは振り返った。
まず確認するのは一つだ。
「みんな、ケガはないか?」
三人は一瞬きょとんとした。
ターケシは続ける。
「手でも足でもいい。かすり傷でも言え」
ロザリアが慌てて答える。
「わ、私は大丈夫ですわ」
フィリアも頷く。
「私も問題ありません」
シフォンは死霊術の本を抱えたまま、
「だ、大丈夫です……」
と小さく答えた。
ターケシは三人を順番に見る。
嘘はなさそうだ。
ようやく息を吐く。
「よかった」
その一言に、三人は少し驚いた顔をした。
ターケシは気づいていない。
自分が心から安堵したことを隠していないことに。
そしてターケシはロザリアへ顔を向けた。
「ロザリア」
元令嬢の少女が背筋を伸ばす。
何か反省点を指摘されると思ったのだろう。
しかし返ってきたのは違う言葉だった。
「さすがだぞ」
「え?」
ロザリアが目を丸くする。
「最後の水魔法だ」
ターケシは砕けた骨の山を見る。
「あれがなければ押し切られていた」
ロザリアは思わず視線を逸らした。
褒められることに慣れていない。
まして主人からなど。
「ま、まあ当然ですわ」
強がる。
だが耳は少し赤かった。
ターケシは次にフィリアを見る。
「フィリア」
エルフの少女が姿勢を正す。
「見事だった」
短い言葉。
だが重い。
「核を見抜いてから、一度も外さなかったな」
フィリアは静かに瞬きをした。
ターケシは続ける。
「お前の矢がなければ終わらなかった」
エルフの少女は少しだけ目を伏せた。
「……ありがとうございます」
その声はいつもより柔らかかった。
最後に。
ターケシはシフォンを見る。
獣人の少女はまだ本を抱きしめたままだった。
腕に力が入っている。
ターケシは苦笑した。
「もう離していいぞ」
「あっ」
慌てて力を抜く。
ターケシはしゃがみ込んだ。
シフォンと目線を合わせる。
「よく頑張ったな」
シフォンが固まる。
ターケシは本を指差した。
「最後まで守った」
「でも……私は何も……」
「そんなことない」
即座に否定する。
「任された仕事をやり遂げた」
シフォンは目を見開いた。
ターケシは続ける。
「立派だったぞ」
その瞬間。
張り詰めていたものが少し緩む。
シフォンは本を抱えたまま、小さく頷いた。
「……はい」
声が震えていた。
だが今度は恐怖ではなかった。
ターケシは立ち上がる。
砕けた骨の山を見る。
そして三人へ振り返った。
「よし」
笑う。
「全員生きてる」
それだけで十分だ、と言わんばかりに。
「帰ったらうまい飯でも食おう」
その言葉に、三人は顔を見合わせる。
そして。
小さく笑った。




