焼け跡
翌日。
陽が高いうちにターケシたちは教会へ足を踏み入れた。
重い木扉を押す。
ギィィ……
長い間開かれなかった扉が悲鳴を上げた。
中は薄暗い。
割れたステンドグラスから差し込む光が床に色のない模様を落としている。
礼拝堂。
長椅子は倒れ。
祭壇は崩れ。
床には瓦礫が散乱していた。
「思ったより荒れていますわね」
ロザリアが辺りを見回す。
ターケシも頷く。
だが違和感があった。
ただ古くなっただけではない。
何かがおかしい。
フィリアが壁に触れた。
指先が黒く汚れる。
「煤です」
「煤?」
ターケシも壁を撫でる。
確かに黒い粉が付着する。
しかも一箇所ではない。
柱にも。
天井近くにも。
崩れた祭壇の裏にも。
至る所に残っている。
「火事があったのか」
「かなり大規模なものです」
フィリアは静かに言った。
「少なくとも建物全体が燃えています」
ターケシは天井を見上げた。
梁の一部が異様に黒い。
ただ朽ちた木材ではない。
焼け焦げている。
さらに近づく。
崩れた柱。
その断面にも炭化した痕跡。
明らかだった。
「火事だな」
「はい」
フィリアが頷く。
「ですが変です」
「何がだ?」
「教会は石造りです」
エルフの少女は周囲を指さした。
「火事だけならここまで崩壊しません」
ターケシも気づいた。
壁の損傷。
床のひび。
天井の崩落。
普通の火災とは違う。
まるで燃やしたあと、
放置されたような状態だ。
「ご主人様」
先頭を歩いていたシフォンが呼んだ。
ターケシが向かう。
そこは祭壇の裏。
人目につきにくい場所だった。
「これ……」
少女が指差す。
床に残る黒い染み。
ターケシはしゃがみ込んだ。
木材の燃え跡。
だが妙だ。
祭壇の周辺だけ焼け方が激しい。
まるでここを中心に火が広がったように見える。
「自然に燃えた感じじゃないな」
「ええ」
ロザリアも険しい顔になる。
「誰かが火を放ったのでしょう」
礼拝堂の探索を終えた一行は、隣接する孤児院へ向かった。
こちらはさらに酷かった。
廊下の床が抜け落ち。
階段は半ば崩れている。
子供部屋と思われる部屋には朽ちた木製ベッド。
割れた玩具。
転がる陶器人形。
誰もいない。
だが。
そこには確かに子供たちが生きていた痕跡が残っていた。
ターケシが二階へ上がろうとした時だった。
フィリアが足を止める。
「待ってください」
彼女は床を見つめていた。
「どうした?」
「ここです」
ターケシも覗き込む。
床板が異様に黒い。
しかも広範囲だ。
その周囲の壁も。
天井も。
煤だらけだった。
フィリアの表情が険しくなる。
「火元は教会だけではありません」
「……孤児院もか」
「はい」
彼女は床を指でなぞった。
そして静かに告げる。
「むしろこちらが先かもしれません」
場の空気が変わった。
誰も口を開かない。
風だけが割れた窓から吹き込む。
ターケシはゆっくり周囲を見回した。
子供部屋。
勉強机。
小さな椅子。
壁に残る落書き。
そして焼け跡。
胸の奥に嫌な予感が広がる。
「火事じゃないな」
誰に言うでもなく呟く。
「そうですね」
フィリアも同意した。
「事故には見えません」
ロザリアが小さく息を呑む。
「つまり……」
ターケシが続ける。
「誰かが教会と孤児院を燃やした」
「しかも」
フィリアはさらに低い声で言った。
「何かを隠すために」




