夜の教会への道中、森
王都を出て南へ。
街道から外れた森の小道を四人は進んでいた。
初夏の陽射しが木々の葉を照らし、鳥のさえずりが響く。
幽霊騒ぎの調査とは思えないほど穏やかな景色だった。
先頭を歩くシフォンが小さく息を吸い込む。
獣人特有の鋭い嗅覚。
ターケシは今では彼女を斥候代わりに頼っていた。
「どうだ?」
「うーん……」
シフォンが首を傾げる。
「人の匂いがします」
ターケシは足を止めた。
「最近のものか?」
「たぶん」
「何人くらいだ?」
「よくわかりません」
シフォンは困ったように耳を動かした。
「いっぱい歩いてます」
ターケシは地面にしゃがみ込んだ。
湿った土。
落ち葉。
一見すると何もない。
だが注意して見ると、ところどころ草が踏み潰されている。
しかも一度や二度ではない。
頻繁に人が通っている痕跡だった。
「冒険者かしら?」
ロザリアが言う。
ターケシは首を振った。
「違うな」
「違いますの?」
「ああ」
ターケシは踏み跡を指差した。
「この道は街道じゃない」
「教会に行く以外の目的がない」
「それなのに利用頻度が高すぎる」
ロザリアが眉をひそめた。
言われてみればその通りだった。
廃教会は何十年も前に放棄された建物だ。
巡礼者もいない。
村もない。
なのに人が出入りしている。
「少し変ですね」
フィリアも周囲を見回した。
エルフらしい鋭い観察眼だ。
やがて彼女は木の根元を指差した。
「これ」
ターケシが近づく。
小さな焚き火跡だった。
灰は雨に濡れている。
しかし完全には崩れていない。
数日以内。
そんな印象だった。
「野営?」
シフォンが聞く。
ターケシは灰を指で擦った。
「かもしれない」
「ただな……」
周囲を見る。
野営地にしては妙だった。
寝床の跡がない。
調理した痕跡もない。
荷物を広げた形跡もない。
火だけ焚いたように見える。
「休憩場所?」
ロザリアが言う。
「かもしれない」
ターケシはそう答えた。
だが胸の奥に小さな違和感が残る。
さらに進む。
すると今度は木の幹に傷を見つけた。
浅い切り傷。
一本。
二本。
三本。
「目印ですか?」
フィリアが尋ねる。
ターケシは頷いた。
「たぶんな」
旅人が付ける道標にも見える。
だが妙だった。
位置が低い。
膝の高さほどしかない。
しかも一定間隔で続いている。
「何かを運んでいたのかもしれないな」
ターケシは呟いた。
「荷車とか?」
シフォンが聞く。
「いや」
ターケシは首を振った。
「もっと人目につかない何かだ」
自分でも根拠はなかった。
ただ。
この森には妙な生活感がある。
幽霊の気配ではない。
人間の気配だ。
やがて木々の向こうに石造りの建物が見え始めた。
崩れた鐘楼。
ひび割れた壁。
蔦に覆われた屋根。
旧ラルグ教会。
噂の廃教会だった。
ターケシは立ち止まる。
教会を見つめる。
何かがおかしい。
幽霊が出る場所。
そう聞いて来た。
だがここまで歩いてきて感じたのは。
死者の気配ではない。
人間だ。
誰かがこの場所を使っている。
しかも継続的に。
「ご主人様」
シフォンが耳を伏せた。
「どうした?」
「なんだか……」
彼女は教会を見つめる。
「嫌な匂いがします」
ターケシは静かに頷いた。
同感だった。
それは腐臭でも魔物の臭いでもない。
もっと別のもの。
理屈では説明できないが。
長年地下闘技場や冒険者稼業で生きてきた勘が告げていた。
ここには何かある。
そしてそれは、幽霊よりもずっと現実的で、ずっと危険なものだ。




