ゴブリンの群
銀葉草も赤根草の採取も順調だった。
森の北側。
陽当たりの良い斜面。
風に揺れる銀色の葉が陽光を反射している。
シフォンは慣れた手つきで籠に薬草を入れていく。
ロザリアも無駄なく採取している。
フィリアは良い株だけを選んでいる。
主人公は周囲を警戒しながら作業を続けた。
やがて。
依頼書に書かれた数量を満たす。
「よし」
主人公が立ち上がる。
「これで達成だ」
シフォンの耳が嬉しそうに動く。
「帰れますか?」
「帰れる」
主人公は笑った。
「今日は熊も出なかったしな」
ロザリアが肩をすくめる。
「それが普通ですわ」
「そうか」
主人公は少し残念そうだった。
---
その時。
シフォンの耳がぴたりと止まる。
主人公も気付く。
昨日とは違う。
明らかに緊張している。
「シフォン」
「……います」
小さな声。
「何体だ」
シフォンは目を閉じる。
耳を動かす。
鼻をひくつかせる。
そして。
「いっぱいです」
主人公は眉をひそめた。
それは良くない報告だった。
フィリアも木の上へ軽やかに飛び乗る。
そして。
表情を変えた。
「ターケシ」
「何体だ」
「十」
一拍置く。
「いえ」
さらに奥を見る。
「十二です」
ロザリアが息を呑む。
前回は三匹。
今度は十二匹。
数が違う。
---
主人公は冷静に周囲を見る。
地形。
木々。
逃げ道。
戦える場所。
そして結論を出した。
「勝てる」
ロザリアが驚く。
「本気ですの?」
「本気だ」
主人公は即答する。
前回とは数も違うが状況も違う。
シフォンにはダガーがある。
ロザリアにはレイピアがある。
フィリアには本物の弓がある。
そして。
「前回より強くなってる」
主人公はそう言った。
三人が主人公を見る。
それは事実だった。
たった数日。
だが確かに成長している。
---
その時。
森の向こうから姿が現れた。
ゴブリン。
一匹。
二匹。
三匹。
次々に現れる。
粗末な棍棒。
錆びた短剣。
木の盾。
そして。
最後に出てきた一匹だけが違った。
少し大きい。
革鎧を着ている。
腰には剣。
ゴブリンの群れを率いているようだった。
主人公は剣を抜く。
「なるほど」
ロザリアもレイピアを構える。
フィリアは弓に矢を番える。
シフォンは緊張しながらもダガーを握る。
主人公は静かに言った。
「今日は訓練だ」
「訓練ですの?」
「そうだ」
ゴブリンたちが吠える。
主人公は笑う。
「お前たちが初めて、自分の武器で戦う日だからな」
シフォンの耳がぴんと立った。
恐怖もある。
だが。
それ以上に。
主人公が後ろにいる。
その安心感があった。
そして。
十二匹のゴブリンと四人の冒険者。
森の中で、戦いの幕が上がった。
「ロザリア、革鎧を来た奴を狙え。」
「先頭ではなく、最後尾の?」
「そうだ。リーダーが突然火に包まれれば、群れは混乱する。ゴブリンでも、人でも。そこを叩く。」
「 わかりましたわ。」
ロザリアは静かに、小さく、しかし前回よりも熱い火球を生み出す。
「 今。やれ。」
「はい!」
火球が唸りをあげて飛び出し、最後尾のゴブリンを火に包む。
ゴブリンの群れは突然の襲撃に目に見えて狼狽える。
ロザリアの火球で混乱したゴブリンの群れへ、主人公たちは一気に飛び込んだ。
「行くぞ!」
返事を待たない。
剣を振るう。
一匹。
盾で殴る。
二匹。
蹴り飛ばす。
三匹。
主人公にとってこれは決闘ではない。
討伐だ。
数を減らせ。
それが依頼だった。
ならば効率よく減らす。
それだけだ。
---
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
主人公は盾で受ける。
そのまま体当たり。
吹き飛んだゴブリンを別の個体にぶつける。
二匹まとめて転ぶ。
そこへシフォンが飛び込む。
新しいダガーが閃く。
まだ拙い。
だが速い。
獣人特有の俊敏さがある。
「やっ!」
ダガーがゴブリンの腕を切り裂く。
本人も驚いている。
武器で戦うのは初めてなのだ。
---
ロザリアのレイピアが突き出される。
喉。
肩。
太腿。
致命傷だけを狙うわけではない。
動きを止める。
確実に。
騎士の訓練を受けた者らしい戦い方だった。
さらに火球。
一匹が悲鳴を上げる。
群れは完全に崩壊した。
---
フィリアの矢はもっと恐ろしい。
放たれるたびに一匹倒れる。
しかも無駄がない。
主人公は思う。
(熊の時から思っていたが)
(こいつ本当に弓がうまいな)
---
やがて。
戦いは終わった。
森に静寂が戻る。
倒れたゴブリン。
散乱した武器。
血の匂い。
主人公は周囲を確認する。
敵影なし。
全員無事。
よし。
そう思った時だった。
ぐらり。
燃えたはずの革鎧のゴブリンが立ち上がる。
顔は焼けている。
片腕も動かない。
だが目だけはまだ死んでいない。
腰の剣を抜く。
普通のゴブリンより明らかに強い。
主人公は目を細めた。
「ほう」
少しだけ感心する。
---
シフォンが前へ出ようとする。
主人公は手を上げた。
「シフォン」
「はい!」
「下がってろ」
シフォンが足を止める。
少し不満そうだ。
「でも――」
「いいから見てろ」
主人公は剣を構え直す。
静かに。
ゆっくりと。
先ほどまでの乱戦とは違う。
今度は一対一だ。
---
革鎧のゴブリンも剣を構える。
粗雑だが。
ただの雑魚ではない。
群れを率いていた理由が分かる。
主人公は少し笑った。
「なるほど」
ゴブリンが唸る。
主人公は続ける。
「お前、ちゃんと戦えるんだな」
言葉は通じない。
だが敵意と敬意は伝わる。伝わっただろう。
ゴブリンが踏み込む。
剣が振り下ろされる。
主人公は動かない。
ギリギリまで引き付ける。
そして。
半歩。
左へ。
空振り。
同時に盾で腕を弾く。
体勢が崩れる。
そこへ剣を突き付ける。
喉元。
寸止め。
勝負は一瞬だった。
---
シフォンが目を丸くする。
ロザリアも見ている。
フィリアも静かに観察していた。
主人公は振り返らない。
ただ言う。
「見たか?」
三人が頷く。
主人公はゴブリンを見据えたまま続ける。
「強い相手ほど慌てるな」
「ちゃんと見ろ」
「そうすれば隙は見える」
それは三人への教えでもあった。
そして主人公は静かに剣を引く。
一閃。
革鎧のゴブリンが崩れ落ちる。
森に再び静寂が訪れた。
主人公は剣の血を払う。
そして何事もなかったように言う。
「よし」
シフォンが期待に満ちた目で見上げる。
「終わりました!」
「ああ」
主人公は周囲の死体を見る。
そして現実的なことを口にした。
「耳を切って持って帰るか」
討伐証明。
冒険者には必要な作業だった。
シフォンの耳がぺたんと寝る。
「そこは格好よく終わらないんですね……」
「仕事だからな」
主人公は真顔だった。




