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奴隷市場の出会い

https://51577.mitemin.net/i1187272/

夕暮れだった。

王都の表通りでは店じまいの準備が始まり、酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。

しかしターケシが歩いているのは、そんな場所ではなかった。

ターケシ。大人の男だということはわかる。

黒い短髪に茶色がかった瞳。

彫りの深くはない、どうという特徴のない顔立ちだが、年齢はよく分からない。

二十代後半から、三十代に見えるが、これと言った決め手がない。

飾り気のない革鎧。

簡素で丈夫だが肌触りは悪そうな麻系の貫頭衣とズボン。

腰のあたりで丈夫そうな帯を巻いて、無造作に鞘に収められた剣と布の袋を垂らしている。

背中には丸い木盾を背負う。

王都南区。

貧民街のさらに奥。

城壁沿いに広がる薄暗い路地を彼は歩く。


嫌な臭いがした。

酒。

汗。

血。

腐った野菜。

獣。

様々な臭いが混じり合い、ぬるい空気となって肌にまとわりつく。

ターケシは顔をしかめた。

十年経っても好きになれない。

慣れはした。

だが嫌悪感だけは消えなかった。

路地の先には鉄柵で囲まれた広場がある。

奴隷市場だ。


ギルドマスターは言った。

「そろそろCランクを目指せ」

悪くない話だった。

Cランクになれば受けられる依頼が増える。

収入も増える。

遠征もできる。

だが問題が一つあった。

パーティーだ。

最低三人。

護衛依頼などでは四人以上を推奨。

ターケシは苦笑する。

十年も一人でやってきた。

今さら仲間など面倒だった。

酒場で募集を出してもいい。

その日だけの臨時仲間でもいい。

形だけ登録してしまえば昇格条件は満たせる。

本当はそれで十分だった。

背中を預けるつもりなどない。

家族でも友人でもない。

ただの冒険者仲間。

それでいい。

そのはずだった。

そして奴隷市場へ入る。


昼間の市場よりは規模が小さい。

その代わり質が悪い。

表では売れない商品が流れてくる。

傷物。

病人。

犯罪者。

戦争捕虜。

身寄りのない子供。

誰にも必要とされなくなった人間たち。

広場の隅では商人が奴隷の口を無理やり開けて歯を見ていた。

「こいつは駄目だな」

蹴飛ばされる痩せた少年。

周囲から笑い声。

別の場所では獣人の男が鉄棒に繋がれ、筋肉を見せるよう命じられている。

従わなかった。

鞭が飛ぶ。

乾いた音。

誰も気にしない。

ターケシも立ち止まらない。

昔なら怒ったかもしれない。

だが十年もこの世界で生きれば分かる。

怒るだけでは何も変わらない。

見て見ぬふりも生きる術だ。

そう自分に言い聞かせながら歩く。

その時。

小さな檻が目に入った。

獣人の少女だった。

まだ若い。

十代半ばに達するかどうか。

黒色の髪から覗く灰色の耳は垂れ下がり、

痩せた肩は震えている。

それでも檻の隅で膝を抱えながら、誰にも怯えを見せまいと必死に顔を上げていた。

弱さを隠そうとしているが、隠しきれない子供。

https://51577.mitemin.net/i1187273/

ターケシは視線を逸らす。

嫌なものを見た。

そう思った。

自分を思い出すからだ。

地下闘技場にいた頃の。

何も持っていなかった頃の。

さらに隣。

金髪碧眼の少女。

服は泥だらけ。

だが座り方だけは妙に整って、背筋が伸び、膝を揃えて寝かしている。

痩せているが、気位が高そうな少女だった。

しかしその目は空っぽだった。

泣きもしていない。

助けも求めていない。

ただ何かが燃え尽きている。

https://51577.mitemin.net/i1187274/

その顔を見てターケシはさらに眉をひそめた。

さらに奥。

耳の長い少女。緑の髪に緑の瞳。エルフと言われる種族とみてわかる。

王国では珍しいが、特に奴隷市場にあれば場違いとも言えるほど見かけない。

しかしこの少女は壁にもたれかかり、感情の読み取れない眼で周囲を眺めている。

怯えているようにも見える。

諦めているようにも見える。

妙に落ち着いているようにも見える。

https://51577.mitemin.net/i1187277/

ターケシは違和感を覚えたが、それ以上考えなかった。

考えたくなかった。

ここにいる全員に事情がある。

全部背負っていたら生きていけない。

「旦那」

小太りの商人が近づいてくる。

笑顔は明らかにターケシを値踏みしていた。

「どうです?」

ターケシは無視する。

「獣人は安いですよ」

「金髪は元貴族らしい」

「エルフは珍しい」

「三人まとめても金貨二十枚」

ターケシは立ち止まる。

金貨二十枚。

高いが、今の自分なら払える。

地下闘技場で稼いだ金。

冒険者として命を懸けて貯めた金。

払えない額ではない。

だが。

買ったところで何になる。

世界は変わらない。

明日にはまた別の奴隷が並ぶ。

来月にはまた誰かが売られる。

一人助けても意味はない。

二人でも同じ。

三人でも。

その時だった。

ぐう。

小さな音。

檻の中の獣人の少女が顔を真っ赤にした。

腹が鳴ったのだ。

慌てて押さえる。

耳がさらにしょんぼりと垂れる。

周囲の商人たちが笑った。

ターケシは目を閉じる。

なぜだろう。

その哀れな姿が、

妙に心に刺さった。

家族を思い出したからか。

地下闘技場の自分を思い出したからか。

それとも。

まだ自分が完全には諦めていなかったからか。

ターケシは深く息を吐く。

そして商人を見る。

「三人だ」

商人が笑う。

「毎度あり」

その時。

檻の中の少女たちはまだ知らない。

自分たちの人生が変わることを。

ターケシも知らない。

この何気ない衝動が、

やがて王国を揺るがし、

国家を変え、

多くの人々を救う旅の始まりになることを。

その時のターケシはただ、

奴隷市場の悪臭と好奇の視線の中で、

見て見ぬふりができなかっただけだった。

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