奴隷市場の出会い
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夕暮れだった。
王都の表通りでは店じまいの準備が始まり、酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。
しかしターケシが歩いているのは、そんな場所ではなかった。
ターケシ。大人の男だということはわかる。
黒い短髪に茶色がかった瞳。
彫りの深くはない、どうという特徴のない顔立ちだが、年齢はよく分からない。
二十代後半から、三十代に見えるが、これと言った決め手がない。
飾り気のない革鎧。
簡素で丈夫だが肌触りは悪そうな麻系の貫頭衣とズボン。
腰のあたりで丈夫そうな帯を巻いて、無造作に鞘に収められた剣と布の袋を垂らしている。
背中には丸い木盾を背負う。
王都南区。
貧民街のさらに奥。
城壁沿いに広がる薄暗い路地を彼は歩く。
嫌な臭いがした。
酒。
汗。
血。
腐った野菜。
獣。
様々な臭いが混じり合い、ぬるい空気となって肌にまとわりつく。
ターケシは顔をしかめた。
十年経っても好きになれない。
慣れはした。
だが嫌悪感だけは消えなかった。
路地の先には鉄柵で囲まれた広場がある。
奴隷市場だ。
ギルドマスターは言った。
「そろそろCランクを目指せ」
悪くない話だった。
Cランクになれば受けられる依頼が増える。
収入も増える。
遠征もできる。
だが問題が一つあった。
パーティーだ。
最低三人。
護衛依頼などでは四人以上を推奨。
ターケシは苦笑する。
十年も一人でやってきた。
今さら仲間など面倒だった。
酒場で募集を出してもいい。
その日だけの臨時仲間でもいい。
形だけ登録してしまえば昇格条件は満たせる。
本当はそれで十分だった。
背中を預けるつもりなどない。
家族でも友人でもない。
ただの冒険者仲間。
それでいい。
そのはずだった。
そして奴隷市場へ入る。
昼間の市場よりは規模が小さい。
その代わり質が悪い。
表では売れない商品が流れてくる。
傷物。
病人。
犯罪者。
戦争捕虜。
身寄りのない子供。
誰にも必要とされなくなった人間たち。
広場の隅では商人が奴隷の口を無理やり開けて歯を見ていた。
「こいつは駄目だな」
蹴飛ばされる痩せた少年。
周囲から笑い声。
別の場所では獣人の男が鉄棒に繋がれ、筋肉を見せるよう命じられている。
従わなかった。
鞭が飛ぶ。
乾いた音。
誰も気にしない。
ターケシも立ち止まらない。
昔なら怒ったかもしれない。
だが十年もこの世界で生きれば分かる。
怒るだけでは何も変わらない。
見て見ぬふりも生きる術だ。
そう自分に言い聞かせながら歩く。
その時。
小さな檻が目に入った。
獣人の少女だった。
まだ若い。
十代半ばに達するかどうか。
黒色の髪から覗く灰色の耳は垂れ下がり、
痩せた肩は震えている。
それでも檻の隅で膝を抱えながら、誰にも怯えを見せまいと必死に顔を上げていた。
弱さを隠そうとしているが、隠しきれない子供。
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ターケシは視線を逸らす。
嫌なものを見た。
そう思った。
自分を思い出すからだ。
地下闘技場にいた頃の。
何も持っていなかった頃の。
さらに隣。
金髪碧眼の少女。
服は泥だらけ。
だが座り方だけは妙に整って、背筋が伸び、膝を揃えて寝かしている。
痩せているが、気位が高そうな少女だった。
しかしその目は空っぽだった。
泣きもしていない。
助けも求めていない。
ただ何かが燃え尽きている。
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その顔を見てターケシはさらに眉をひそめた。
さらに奥。
耳の長い少女。緑の髪に緑の瞳。エルフと言われる種族とみてわかる。
王国では珍しいが、特に奴隷市場にあれば場違いとも言えるほど見かけない。
しかしこの少女は壁にもたれかかり、感情の読み取れない眼で周囲を眺めている。
怯えているようにも見える。
諦めているようにも見える。
妙に落ち着いているようにも見える。
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ターケシは違和感を覚えたが、それ以上考えなかった。
考えたくなかった。
ここにいる全員に事情がある。
全部背負っていたら生きていけない。
「旦那」
小太りの商人が近づいてくる。
笑顔は明らかにターケシを値踏みしていた。
「どうです?」
ターケシは無視する。
「獣人は安いですよ」
「金髪は元貴族らしい」
「エルフは珍しい」
「三人まとめても金貨二十枚」
ターケシは立ち止まる。
金貨二十枚。
高いが、今の自分なら払える。
地下闘技場で稼いだ金。
冒険者として命を懸けて貯めた金。
払えない額ではない。
だが。
買ったところで何になる。
世界は変わらない。
明日にはまた別の奴隷が並ぶ。
来月にはまた誰かが売られる。
一人助けても意味はない。
二人でも同じ。
三人でも。
その時だった。
ぐう。
小さな音。
檻の中の獣人の少女が顔を真っ赤にした。
腹が鳴ったのだ。
慌てて押さえる。
耳がさらにしょんぼりと垂れる。
周囲の商人たちが笑った。
ターケシは目を閉じる。
なぜだろう。
その哀れな姿が、
妙に心に刺さった。
家族を思い出したからか。
地下闘技場の自分を思い出したからか。
それとも。
まだ自分が完全には諦めていなかったからか。
ターケシは深く息を吐く。
そして商人を見る。
「三人だ」
商人が笑う。
「毎度あり」
その時。
檻の中の少女たちはまだ知らない。
自分たちの人生が変わることを。
ターケシも知らない。
この何気ない衝動が、
やがて王国を揺るがし、
国家を変え、
多くの人々を救う旅の始まりになることを。
その時のターケシはただ、
奴隷市場の悪臭と好奇の視線の中で、
見て見ぬふりができなかっただけだった。




