熊肉が食べたい
翌朝。
ターケシたちは冒険者ギルドへ向かう前に、まず武器屋へ足を運んだ。
王都の武器屋は思ったより大きい。
壁には剣。
槍。
斧。
弓。
盾。
果ては鎖付きの鉄球や見たこともない武器まで並んでいる。
鉄と油の匂いが店内に満ちていた。
扉をくぐった瞬間。
「わあ……」
シフォンが目を輝かせた。
灰色の耳がぴんと立つ。
あちこち見て回る。
まるで玩具屋に連れて来られた子供だった。
「すごいです……」
棚を見上げる。
「いろんな武器があるんですねえ」
ターケシは苦笑した。
「そうだな」
シフォンは大きな両手剣を見ている。
次は戦斧。
次は槍。
その次は短剣。
目が忙しい。
「ご主人様は全部使えるんですか?」
「全部は無理だ」
ターケシは正直に答えた。
「でもだいたいは使える」
前世の武道経験。
地下闘技場での実戦。
そしてこの世界に来てからの経験。
武器が変わっても、間合いと体の使い方には共通点がある。
シフォンは尊敬の眼差しを向ける。
「すごいです」
ターケシは棚の短剣を手に取った。
重心を確かめる。
悪くない。
そして何気なく言った。
「いずれお前にも教える」
シフォンがきょとんとする。
「え?」
「だいたいは扱えるようにしてやるよ」
あまりにも自然な口調だった。
シフォンは言葉を失う。
奴隷になってから七年。
武器を持つことなど許されなかった。
武器は主人が持つもの。
監督役が持つもの。
自分たちは持たされる側ではない。
それが当たり前だった。
なのに目の前の男は、
「教える」
と言った。
まるで当然のように。
シフォンは思わず尋ねる。
「全部ですか?」
「全部は無理だな」
ターケシは笑う。
「でも剣、短剣、槍、盾、その辺はやる」
「あと体術」
「柔道」
「空手」
「相撲」
「日本拳法」
シフォンは途中から理解を諦めた。
何を言っているのかよく分からない。
だが一つだけ分かる。
たくさん教えてくれるらしい。
「頑張ります!」
元気よく答える。
尻尾がぶんぶん振られている。
その横でロザリアはレイピアの棚を見ていた。
静かに。
本当に静かに。
細身の刀身を指先でなぞる。
かつて騎士を目指していた頃を思い出しているのかもしれない。
ターケシはそれに気付く。
「ロザリア」
ロザリアが振り向く。
ターケシは棚の中から一本取り出した。
豪華ではない。
装飾も少ない。
だが真っ直ぐな剣だった。
「これでどうだ」
ロザリアは息を呑む。
柄を握る。
重さを確かめる。
構える。
ほんの一瞬で分かった。
手に馴染む。
「……いい剣ですわ」
声が少し震えていた。
ターケシは頷く。
「ならそれだ」
一方。
フィリアはすでに弓売り場へ移動していた。
何本か手に取り、
しならせ、
弦を弾き、
店主と専門的な話をしている。
ターケシには半分も分からない。
やがてフィリアが一本を選ぶ。
「これにします」
ターケシは値札を見る。
思ったより高い。
だが熊の目を射抜いた場面を思い出す。
「安いな」
フィリアが吹き出した。
「その評価基準は危険ですよ」
こうして三人は初めて自分の武器を手に入れた。
まだ安物だ。
名剣でもない。
魔法の武具でもない。
だが。
シフォンにとっては初めての武器。
ロザリアにとっては失った誇りの一部。
フィリアにとっては即席ではない本物の弓。
確かに安い買い物だった。
シフォンは新しいダガーを抱きしめるように持ちながら尋ねた。
「ご主人様」
「なんだ」
「そんなに熊肉っておいしいんですか?」
ターケシは少し考えた。
前世の記憶が蘇る。
山中の食堂で食べた串焼き。
「うまいぞ」
シフォンの耳がぴくりと動く。
「そうなんですか?」
「ああ」
ターケシは懐かしそうに続ける。
「脂がな」
「脂ですか?」
「じゅわっと出る」
シフォンがごくりと唾を飲む。
ターケシはさらに追い打ちをかける。
「鍋もうまいらしい。」
「くまなべ……」
「脂が溶けて出汁に混ざる」
「くまなべ……」
シフォンの目が完全に獲物を狙う狼の目になった。
ロザリアが呆れたように言う。
「何を教育していますの」
「大事な知識だ」
ターケシは真顔だった。
「冒険者は食える魔物を覚えておくべきだ」
「熊は魔物ではありませんわ」
「それもそうだ」
フィリアがくすりと笑う。
「それで?」
「なんだ」
「次に熊が出たら?」
ターケシは即答した。
「今度は逃がさない」
シフォンが力強く頷く。
「はい!」
ロザリアが額を押さえる。
「武器を買った理由が熊肉になっていますわよ」
ターケシは首を傾げた。
「半分くらいはそうだな」
「半分もあるんですの!?」
食堂ならぬ武器屋に笑い声が響いた。




