冒険に装備は不可欠
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夕暮れ。
宿の食堂には肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
ターケシたちが持ち帰った肉は、追加料金を払って宿の厨房で調理してもらっている。
久しぶりのまともな肉料理らしく、シフォンはそわそわしていた。
尻尾まで落ち着きがない。
ターケシは苦笑しながら水を飲む。
そして切り出した。
「話がある」
三人が顔を上げる。
「お前たちを買った金に少し余りがある」
シフォンが首を傾げる。
ロザリアは静かに聞いている。
フィリアも興味深そうだ。
ターケシは続ける。
「本当は生活費のつもりだった」
「だが今日で分かった」
三人を見る。
「ある程度の依頼はこなせる」
ゴブリン。
熊。
薬草採取。
初日にしては上出来だった。
「だから使ってしまおうと思う」
ロザリアが眉を上げる。
「何にですの?」
ターケシは当然のように答えた。
「装備だ」
そして順番に指を向ける。
「シフォンにはダガー」
シフォンの耳が立つ。
「ロザリアにはレイピア」
ロザリアが固まる。
「フィリアには弓と矢」
フィリアも一瞬言葉を失った。
ターケシは首を傾げる。
「どうだ?」
しばらく誰も話さない。
まるで何かおかしなことを言ったような空気だった。
ターケシは本当に分かっていない。
三人にとって、その提案がどれほど重いかを。
最初に口を開いたのはシフォンだった。
「わ、私にですか?」
「そうだ」
「でも私、剣とか使えません」
「だから買うんだ」
ターケシはあっさり答える。
「使えるようになればいい」
シフォンは目をぱちぱちさせる。
まるで想像していなかった答えだった。
「で、でも……」
「熊を見つけたのはお前だ」
ターケシは真面目に言う。
「お前が一番最初に気付かなかったら危なかった」
シフォンの耳が震える。
ターケシは続ける。
「戦う力があればもっと役立つ」
シフォンは俯いた。
奴隷として生きてきた七年。
誰かに期待されたことなどほとんどなかった。
だから何を言えばいいのか分からない。
次にロザリアが口を開く。
「……レイピア」
小さな声だった。
ターケシは頷く。
「お前は剣が使えるんだろ」
「使えますわ」
「なら必要だ」
当たり前の話だった。
しかしロザリアには違った。
奴隷になってから初めてだった。
誰かが自分を「元貴族」でも「奴隷」でもなく、
騎士として扱ったのは。
ターケシは続ける。
「魔法は強い」
「だが近付かれたら困る」
「剣があった方がいい」
理屈だけだった。
そこに同情はない。
憐れみもない。
だからこそロザリアには嬉しかった。
最後にフィリア。
「私は少し驚いています」
「なにがだ」
「弓は高価ですよ」
ターケシは頷く。
「知ってる」
「それでも?」
「それでもだ」
ターケシは即答した。
「その辺の枝で熊の目を射抜く奴に弓を持たせたらどうなるか見てみたい」
フィリアが思わず吹き出した。
それはエルフとして初めて聞く評価だった。
森の民だからでもない。
エルフだからでもない。
純粋に腕前を見て評価している。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
ロザリアが静かに尋ねた。
「本当によろしいのですか?」
ターケシは頷く。
その時、肉の香草焼きとポテトが運ばれてくる。
ターケシは肉を一切れ口に放り込んだ。
「 武器は命綱だ。」
そう言ってジョッキの水を飲む。
「飯代を削ってでも買う価値がある」
シフォンが恐る恐る言う。
「でも、お金がなくなっちゃいますよ?」
ターケシは首を振った。
「なくならない」
「え?」
ターケシは今日の森を思い出す。
突っ込んできた大熊。
火球。
矢。
そして逃げていった大熊。
「今日だってそうだ」
三人が顔を見合わせる。
ターケシは真顔だった。
「武器を渡しておけば、この肉はタダで熊肉だったかもしれない」
一瞬。
食堂が静まり返る。
ロザリアが固まる。
フィリアが目を瞬く。
シフォンだけが、
「く、熊肉……」
と反応した。
ターケシは続ける。
「毛皮も売れる」
「牙も売れる」
「胆も薬になるかもしれん」
「つまり利益だ」
完全に冒険者の発想だった。
ロザリアが額を押さえる。
「普通、そこで仲間の安全とか言いませんの?」
「言っただろう」
「いつですの?」
「熊が出たから距離を取れって」
それは言った。
確かに言った。
だがそういう話ではない。
フィリアがとうとう吹き出した。
「なるほど」
「何がだ」
「あなたは根本的に冒険者なんですね」
ターケシは首を傾げる。
「そうか?」
「そうですよ」
ロザリアも苦笑する。
するとシフォンがそっと手を挙げた。
「ご主人様」
「なんだ」
「今度熊が出たら倒すんですか?」
ターケシは少し考える。
そして答えた。
「武器があればな」
「おおー!」
シフォンの耳がぴんと立つ。
「熊肉!」
ターケシも頷く。
「熊肉だ」
ロザリアが呆れたように言う。
「発想が同じですわね」
「いいことじゃないか」
「よくありませんわ」
そう言いながらも、ロザリアは少し笑っていた。




