薬草採取完了
熊が去った森の中。
まだ焦げた毛皮の匂いが風に乗って漂っている。
ロザリアの水魔法で冷やされた腕を確かめながら、ターケシは立ち上がった。
「よし」
シフォンが心配そうに見上げる。
「ご主人様、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
実際には少し痛い。
だが動ける。
なら問題ない。
ターケシは地面に散らばった薬草籠を拾い上げた。
「月涙草の採取を急ごう」
三人が顔を上げる。
ターケシは森の奥を見る。
「熊が帰ってこないとも限らないからな」
その言葉に全員が真面目な顔になる。
先ほどの熊を思い出したのだろう。
ロザリアが頷いた。
「確かに、あのまま縄張りへ逃げただけかもしれませんわね」
「そういうことだ」
ターケシは続ける。
「それに」
少しだけ口元を緩めた。
「熊と遭遇した報告をギルドにすれば、報酬にも色がつくだろう」
一瞬。
三人がぽかんとした顔になる。
そして。
フィリアが吹き出した。
「そこで報酬の話になるんですか」
「大事だぞ」
ターケシは真顔だった。
「危険手当は請求するものだ」
ロザリアも思わず笑う。
「確かに正論ですけれど」
「正論だろう」
「正論ですわ」
シフォンもつられて笑っている。
さっきまで死にかけていたとは思えない空気だった。
ターケシは籠を持ち上げる。
「冒険者は依頼を達成して報酬を受け取るのが仕事だ」
「命懸けだったんだ」
「銀貨数枚で終わらせてたまるか」
ロザリアが肩を震わせる。
「妙なところで現実的ですわね」
「現実は大事だ」
ターケシは断言した。
「報酬が増えれば宿代になる」
「飯が食える」
「装備も買える」
そこでふとロザリアを見る。
「剣も買える」
ロザリアが少しだけ目を見開く。
ターケシ自身は深い意味で言ったわけではない。
だがロザリアは何も言わなかった。
ただ小さく頷く。
ターケシは気付かない。
しかしフィリアはその横顔を見ていた。
かつて騎士を目指していた少女。
今は丸腰の奴隷。
その彼女にとって、
「剣も買える」
という言葉は思った以上に重かった。
「よし」
ターケシが手を叩く。
「シフォン、警戒を続けてくれ」
「はい!」
「フィリアは周囲を見ていてくれ」
「分かりました」
「ロザリアは採取に専念だ」
「わたくしだけ雑用扱いですの?」
「一番器用そうだからな」
ロザリアは少し考えたあと、
「まあ、事実ですわね」
と胸を張った。
四人は再び月涙草の群生地へ散る。
春の風が吹く。
誰もまだ知らない。
この籠いっぱいの月涙草が。
何年も後に、獣人と人間とエルフの闇に関わることに。
今はただ。
初めての依頼を終わらせるために、
四人で黙々と薬草を摘み続けるのだった。




