やっぱりクマさんに出会う
薬草採取は順調だった。
籠の中もだいぶ埋まり、依頼達成はもう目前である。
その時だった。
シフォンの耳がぴくりと動く。
鼻をひくひくと鳴らす。
「ご主人様」
ターケシは薬草を摘みながら顔を上げる。
「ん?」
「獣の匂いがします」
ターケシは自分の袖を嗅ぐ。
「俺からか?」
「え?」
「昨日風呂に入らなかったからな」
ロザリアが呆れた顔をする。
「入っていましたでしょう」
「そうだったか」
「そうでしたわ」
ターケシは真面目に考えていた。
シフォンは慌てて首を振る。
「あ、そうじゃなくて……」
その時。
フィリアの顔色が変わった。
森の奥を見ている。
普段冷静な彼女が珍しく声を上げた。
「熊だ!」
ターケシは反射的に振り向く。
木々をなぎ倒しながら飛び出してくる巨大な影。
黒い毛皮。
人間よりはるかに大きな体躯。
立ち上がれば二メートルを超えるだろう。
大熊だった。
しかも。
真っ直ぐこちらへ向かってくる。
ターケシの脳が一瞬で状況を整理する。
距離。
速度。
位置。
そして。
一番近いのは――
ロザリア。
ロザリアも気付いている。
だが反応がわずかに遅れた。
戦闘準備をしていない状態からの奇襲。
無理もない。
ターケシは考えるより先に動いていた。
抱えていた薬草を放り捨てる。
地面を蹴る。
全力。
間に合え。
ただそれだけだった。
「っ!」
ロザリアの前へ滑り込む。
剣を抜く。
両手で握る。
そして。
突き出す。
次の瞬間。
どんっ――!!
衝撃。
熊の胸が剣にぶつかる。
完全には止まらない。
だが勢いがわずかに鈍る。
ターケシの足が地面を削る。
腕が痺れる。
重い。
地下闘技場のどんな相手より重い。
熊の力がそのまま剣を通して伝わってくる。
「ご主人様!」
シフォンの叫び。
「ターケシ!」
ロザリアの声。
ターケシは歯を食いしばる。
熊の牙が目の前にある。
獣臭い息。
血の匂い。
野生の殺意。
だが。
不思議と恐怖はなかった。
代わりに浮かんだのは別の感情だった。
(間に合った)
それだけだった。
ロザリアが無事ならそれでいい。
ターケシは足を踏ん張る。
剣を押し込む。
熊も唸る。
両者が一瞬拮抗する。
その隙に。
ロザリアの手に火が灯った。
フィリアはすでに枝を番えている。
シフォンも近くの太い枝を握り締めていた。
さっきまで薬草を摘んでいた四人。
だが今は違う。
ターケシは叫ぶ。
「落ち着け!」
三人がターケシを見る。
「熊は一匹だ!」
その声には不思議な力があった。
慌てるな。
考えろ。
できることをやれ。
それだけでいい。
ターケシは熊と組み合いながら叫ぶ。
「ロザリア!」
「はい!」
「顔だ!」
「分かりました!」
「フィリア!」
「任せてください!」
「シフォン!」
「はい!」
ターケシは一瞬だけ笑った。
「今度も離れとけよ!」
シフォンの耳がぴんと立つ。
「はいっ!」
そして。
四人にとって最初の本当の試練が始まった。




