エピローグ
王宮・王の控室。
闘技大会の閉会式も終わり、夜の王城は静けさを取り戻しつつあった。
大会は終わった。
いや――まだ終わってはいない。
「大会は、皆が無事に家へ帰るまでが大会だ。」
なんと、王の言葉である。
そのため、王太子は未だ警備の指揮に当たっていた。
控室にいるのは、国王、アルフォンス第二王子、宰相クラウゼン、そして服務大臣ヴォルマンの四人だけだった。
「うぅ……。」
「まさか、この老骨が生きているうちに、ハリントン流の復活を見ることになるとは……。」
服務大臣ヴォルマンは真っ赤な目を押さえていた。
「しかも、獣人の娘と共に王国最強を倒すなど……。」
「なんと素晴らしい……。」
ぽろぽろと、まだ涙が零れている。
宰相クラウゼンは引きつった笑みを浮かべた。
「はは……いやはや、実に見事な試合でしたな。」
「ええ。」
アルフォンスは口元を押さえた。
だが、肩が震えている。
明らかに笑いを堪えていた。
「何がおかしい、アルフォンス。」
国王が面白そうに尋ねる。
「いえ。」
「思い出してしまいまして。」
アルフォンスは両手を胸の前で握り、思い切り肩を跳ねさせた。
「決勝戦前の――ひ、ひゃい!」
「……。」
宰相が固まった。
服務大臣の涙が止まる。
国王が豪快に笑った。
「ぶはははは!!」
「聞いておったか!? あの小娘の返事を!」
国王は椅子から立ち上がると、シフォンの真似をする。
「ひ、ひゃい!!」
「お、おうこくさいきょうを、たおしちゃいまひた!」
「ぷっ……。」
アルフォンスがとうとう吹き出した。
「父上、そこまでは言っておりません。」
「いや、余には聞こえたぞ!」
「それに見たか! 閉会式で賞状を受け取る時の歩き方を!」
国王はその場をぎこちなく歩き始めた。
右手。
右足。
左手。
左足。
手足が同時に出るぎこちない歩き方。
「こ、国王陛下! おやめください!」
服務大臣が慌てる。
「これでは、ただの子鹿ではありませんか!」
「何を言う!」
国王は満面の笑みだった。
「余の前で、あれほど緊張した者など久しぶりだ!」
「賞状を渡した時など、耳がぴーんと立っておったぞ!」
「ひゃ、ひゃい! ありがとうございまふ!」
「ぶはははは!!」
ついにアルフォンスは机に突っ伏した。
「父上……っ、もう……っ!」
宰相は作り笑いを浮かべたまま、かすれた声を絞り出す。
「王族が、そのような真似をなさるとは……。」
「はは……。」
(なぜだ……。)
(なぜ王国最強が敗れ、奴隷の娘が優勝したというのに、この部屋はこんな空気なのだ……。)
国王は満足そうに椅子へ腰掛けた。
「よいではないか。」
「七年、奴隷だったそうだな。」
先ほどまでの笑顔が、少しだけ柔らかくなる。
「それでも、あの娘は笑っていた。」
「ならば、余も笑って迎えてやろう。」
静寂が落ちた。
アルフォンスが小さく微笑む。
「父上らしいお言葉です。」
国王は腕を組んだ。
「アルフォンス。」
「は。」
「優勝賞金とは別に、あの二人に何か褒美を考えておけ。」
「はっ。」
「あと、ハリントン家の件もだ。」
宰相の表情が、一瞬だけ固まった。
「……承知いたしました。」
国王は最後にもう一度だけ、思い出したように呟いた。
「しかし、本当に可愛かったな。」
「ひ、ひゃい!」
「父上!」
夜の王城に、国王と第二王子の笑い声が響く。
その頃。
王都のどこかでは。
「うぅ……私、そんな変な歩き方してましたか……。」
「してました。」
「してましたわ。」
「してたわね。」
三人の声が綺麗に揃った。
王宮公認闘技大会。
その幕は、静かに下ろされたのだった。




