エピローグ 地下格闘技場と職人街
王宮公認闘技大会優勝の翌日。
朝一番。
ターケシたちは、地下格闘技場を訪れていた。
目的は一つ。
ガレオス・フォン・ハリントンの解放金――金貨五百枚の支払いである。
「金貨五百枚。確かに受領いたしました。」
支配人は慣れた手つきで金貨を数え終えると、書類へ判を押した。
「これにて、ガレオス殿に関する契約は全て終了となります。」
「ああ。」
ターケシは頷く。
「長い付き合いだったな。」
「……。」
支配人は何とも言えない顔をした。
長い付き合い。
確かにその通りだった。
思い返せば、この男たちが現れてから地下格闘技場の日常は一変した。
獣人の少女が地下格闘技大会を優勝し。
没落貴族の娘が失われた秘剣を復活させ。
その二人が王宮公認闘技大会で王国最強を打ち破った。
そして今や、王都中がその名を知っている。
支配人は余計なことを言わなかった。
ただ、営業用の笑みを浮かべる。
「では、こちらが契約終了証明書になります。」
「ありがとう。」
「いえ。」
書類を丁寧に封筒へ入れる。
「本日はご足労いただき、ありがとうございました。」
「お帰りは、あちらになります。」
沈黙。
ターケシが支配人を見る。
支配人は笑顔だった。
「……帰れって言われてるな。」
「帰れって言われてますね。」
「帰れって言われてますわ。」
「帰れって言われてるわね。」
四人は顔を見合わせ、思わず小さく笑った。
その時だった。
「がはははは!!」
豪快な笑い声が響く。
「何を湿っぽい顔をしてやがる!」
先生だった。
「嬢ちゃんたち!優勝おめでとう!」
「先生!」
シフォンの耳がぴくりと動く。
先生は大きな手で、その頭を豪快に撫で回した。
「よくやった!」
「えへへ……。」
「言っただろう!お前たちは強くなるってな!」
「はい!」
ロザリアも深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。」
「気にするな!」
先生は腹を抱えて笑った。
「またいつでも来い!」
「先生!?」
支配人が悲鳴を上げる。
「もう十分でしょう!?」
「がはは!細けぇことは気にするな!」
ターケシは苦笑しながら頭を下げた。
「世話になった。」
「おう!」
「次に来る時は、もっと強くなって来い!」
「だから来させないでください!」
支配人の悲痛な叫びを背に、一行は地下格闘技場を後にした。
◇
職人街。
カンッ。
カン、カンッ。
いつものように鍛冶槌の音が響く。
ターケシたちが通りへ足を踏み入れた瞬間だった。
一人のドワーフが目を見開いた。
「……おい。」
鍛冶槌の音が止まる。
「どうした?」
「シフォンちゃんだ。」
沈黙。
「……は?」
「ロザリアの姉御もいる。」
さらに沈黙。
「王宮公認闘技大会で優勝した、あのシフォンちゃんとロザリアの姉御だ。」
数秒後。
「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」
職人街が揺れた。
「おれたちのシフォンちゃんだ!!」
「ロザリアの姉御だぞ!!」
「優勝おめでとう!!」
「酒持ってこい!!」
「肉を焼け!!」
「誰かオルフェンを呼べ!!」
「仕事なんざ明日だ!!」
「えっ!?」
シフォンの耳がぴーんと立つ。
「えっ!?えっ!?」
「落ち着きなさい!」
「無理ですー!!」
あっという間にシフォンはドワーフたちに担ぎ上げられた。
「うおおおお!!」
「シフォンちゃんばんざーい!!」
「わーっ!?高いですー!!」
「ロザリアの姉御!」
「ハリントン流、最高でしたぜ!」
「ありがとうございます!」
「酒だ!」
「私はまだ十八ですわ!」
「細けぇことは気にするな!」
「気にしてくださいまし!」
ターケシは呆然とその光景を眺めていた。
「……俺は、装備を受け取りに来ただけなんだが。」
「諦めなさい。」
フィリアが肩を叩く。
「こうなることくらい、予想できたでしょう?」
「いや。」
「できるか。」
その時。
工房の扉が開いた。
「うるせぇと思ったら……。」
オルフェンだった。
一瞬だけ目を見開き。
そして。
「……おう。」
小さく笑った。
「帰ってきたか。」
「ああ。」
「約束通り、最高の出来だ。」
工房の奥。
そこには、四人の新たな装備が並んでいた。
シフォンのための、巨大オーガの牙と角から削り出した二振りの短剣。
ロザリアのための、巨大オーガの革で強化された革鎧。
フィリアのための、巨大オーガの腱で補強された弓。
そしてターケシのための、ワイバーンの鱗を重ねた大盾と、巨大オーガの骨を削り出した大刀。
ターケシは静かに息を呑む。
「……すごいな。」
「当たり前だ。」
オルフェンは鼻を鳴らした。
「誰が打ったと思ってやがる。」
「代金は?」
「優勝祝いだ。」
「いや、それは困る。」
「なら。」
オルフェンはニヤリと笑う。
「また何か面倒事を持ってこい。」
「それが職人街への礼だ。」
ターケシは思わず笑った。
「覚えておく。」
その頃。
「ご主人様ー!!助けてくださいー!!」
「酒だ!シフォンちゃん!」
「飲めませーん!!」
「ロザリアの姉御!もう一回、土星を見せてくれ!」
「木剣を持ってきてくださいまし!」
「フィリアさん!エルフって百歳を超えると耳は伸びるんですか!?」
「伸びないわ。」
王宮に祝福され。
職人街に祝福され。
奴隷だった少女たちは、いつの間にか王都の人気者になっていた。
ターケシは大盾へそっと手を触れる。
温かい。
それはワイバーンの鱗の温もりではない。
この街の人々の想いだった。
「……まあ。」
ターケシは苦笑する。
「装備の確認は、明日でもいいか。」
夕暮れの職人街に、笑い声が響く。
王宮公認闘技大会の翌日。
それは、誰もが笑って終わる一日だった。




