決勝戦 アルセイン&エルフィナ 後編後段②
ガァァァンッ!!
凄まじい音と共に、シフォンの右手の木剣が高く宙を舞った。
「シフォン!!」
観客席から悲鳴が上がる。
二刀の片方を失う。
それは、この少女にとって致命的だった。
「終わりだ。」
アルセインが木剣を振り上げる。
だが。
シフォンは笑った。
「私なんか。」
灰色の耳がぴんと立つ。
「七年も奴隷をやってるんです。」
「……!」
「こんなことくらいで、諦めません!!」
残った一刀を構え、再び踏み込む。
ガンッ!!
だが。
王国最強の騎士は、止まらない。
ガンッ!!
ガァンッ!!
洗練された剣が、シフォンを押し込んでいく。
「これが……。」
貴賓席でヴォルマンが息を呑んだ。
「王国最強。」
アルフォンスが静かに呟く。
シフォンの足が石畳を滑る。
アルセインは木剣を構えた。
「終わらせる。」
その瞬間。
「させませんわ!!」
金色の影が駆ける。
エルフィナとの戦いで木剣を失っていたロザリアが、宙を舞う木剣へ手を伸ばした。
パシッ。
まるで最初からそう決まっていたかのように。
空中で木剣を掴み取る。
「ロザリアさん!」
「私たちは。」
ロザリアが木剣を構える。
「一人じゃありません!!」
シフォンが叫んだ。
ドンッ!!
二人が同時に地面を蹴る。
獣人の少女。
没落貴族の娘。
七年。
四年。
それぞれの地獄を生き抜いてきた二人が、肩を並べて駆ける。
アルセインは思わず息を呑んだ。
「そうか。」
小さく笑う。
「これがお前たちなんだな。」
「ええ。」
「行きます!!」
ガァンッ!!
シフォンの渾身の振り下ろし。
アルセインが木剣で受ける。
その瞬間。
「ハリントン流――」
ロザリアが半歩踏み込んだ。
木剣を腰だめに構える。
「三の太刀。」
観客席が静まり返る。
「土星。」
半円。
まるで夜空に浮かぶ星の環をなぞるように。
木剣が、黄金色に輝く軌跡を描いた。
「なっ――」
アルセインの瞳が見開かれる。
シフォンの一撃を受けた直後。
その死角から放たれる、もう一つの斬撃。
ドォォォォンッ!!
黄金の軌跡が、アルセインの木盾を粉砕する。
砕け散った破片の向こう。
三の太刀「土星」が、その脇腹を捉えた。
誰の目にも、それは一瞬だけ星のように輝いて見えた。
「今のは……。」
王が身を乗り出す。
アルフォンスが目を細める。
フィリアは息を呑み。
ガレオスは、信じられないものを見るように立ち上がっていた。
「馬鹿な……。」
ガレオスの声が震える。
ハリントン流の秘剣。
それは、形だけが伝わったはずの剣。
失われた剣と魔法の技。
ガレオス自身、形は習得すれど真の輝きを見たことはなかった。
「数百年の時を経て…。」
「祖先の技を、実戦の中で体得したというのか…。」
アルセインの身体が大きく後退する。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
十歩近く後退した先で、ついに膝をついた。
「ぐっ……!」
手から木剣が零れ落ちる。
カラン。
乾いた音が、静まり返った闘技場に響いた。
ロザリアとシフォンが、ゆっくりと歩み寄る。
二本の木剣が、アルセインへ突きつけられる。
「勝負あり!!」
審判の声が響く。
「勝者!!」
「シフォン・ロザリア組!!」
一瞬。
誰も声を上げなかった。
王国最強の騎士が敗れた。
その事実を、誰も理解できなかった。
そして。
次の瞬間。
オォォォォォォォォッ!!
王都最大の歓声が、闘技場を揺るがした。
獣人の少女。
没落貴族の娘。
七年と。
四年と。
王国の最底辺で生き延びた二人が。
誰も期待していなかった二人が。
王国最強を、打ち破ったのだった。
◇
歓声を浴びながら、ロザリアはアルセインに手を伸ばす。
「強かったですわ。」
「あの頃のあなたより、ずっと。」
「……ロザリア。」
アルセインは、ロザリアの手を取る。
「かと言って。」
「私は、あなたを許しません。」
「ですが。」
「変わろうとしていることは、認めます。」
「立ってください、アルセイン。」
「決勝戦は終わりましたわ。」
シフォンもエルフィナと握手を交わす。
「みんながロザリア、ロザリアって言うけど、私も強かったでしょう?」
「エルフィナさんの100年の冒険、今度聞いてみたいです!」
「わかったわ、いつかね…ただ、まだ80年よ。エルフとしてはまだ若いんだから。」
観客席で、フィリアは呟く。
「まぁ、順当勝ちね…私の情報に感謝してほしいわ。」
「よお姉ちゃん!そんな澄ましたこと言って、勝った瞬間隣の兄ちゃんに抱きついてたじゃねぇか!」
「…なっ!あれはたまたま、そこにターケシがいただけで…。」
観客は、誰もがシフォンとロザリアの名を叫んでいた。
王都に、奴隷の少女二人の名が刻まれた日だった。




