決勝戦 アルセイン&エルフィナ 前編
決勝戦当日。
王都は、かつてない熱気に包まれていた。
闘技場の外には朝から人が溢れ、露店が軒を連ね、王都中の人々が王宮公認闘技大会の決勝を待ち望んでいる。
獣人の少女シフォン。
没落貴族の娘ロザリア。
王都に現れた二人の無名の少女は、今や誰もが知る存在となっていた。
そして、その前に立ちはだかるのは。
王国最強の若手騎士アルセイン。
その隣に立つ、一人のエルフ。
エルフィナ。
「決勝戦出場者の方はこちらへ。」
案内役の衛兵に導かれ、ターケシたちは控室へ続く通路を歩いていた。
石造りの長い通路。
窓から差し込む朝日が、床に長い影を落としている。
「すごい人でしたね。」
シフォンが耳をぴこりと動かした。
「どこを嗅いでも、人の匂いしかしません。」
「王都の人間がほとんど集まってるんじゃないか?…それとシフォン、どこでもクンクンするのはお行儀が悪いと思うぞ。」
「ふぇ!?」
ターケシが苦笑する。
「国王陛下もご覧になるそうですしね。」
ロザリアは静かに答えた。
その時だった。
通路の向こうから、二人の人影が歩いてくる。
白いマントを羽織った青年。
そして、その隣を歩く長い緑髪のエルフ。
アルセイン。
エルフィナ。
四人の足が、同時に止まった。
「おはようございます。」
先に口を開いたのは、エルフィナだった。
柔らかな笑み。
だが、その翠の瞳は真っ直ぐロザリアを見ている。
「あなたたちが、今大会の英雄さんたちね。」
「……。」
「決勝戦は、お互い頑張りましょう。」
「ええ。」
ロザリアは短く答えた。
「ロザリアさんは特に。」
エルフィナは、まるで世間話でもするように続ける。
「お家があのような事件で没落されてから、さぞご苦労なさったのでしょうね。」
アルセインの表情が曇る。
「エルフィナ。」
「ごめんなさい。」
そう言いながらも、口元には薄く笑みが浮かんでいた。
「でも、王都中が噂していますもの。」
「賞金でハリントン家を再興すると。」
「なるほど。ほかの方々と気迫が違うわけです。」
ロザリアは何も答えない。
「それに。」
エルフィナの視線がアルセインへ向く。
「アルセインも、随分と落ち着かない様子でしたし。」
「やめろ。」
「ふふ。」
彼女は悪びれた様子もない。
「だって、本当のことでしょう?」
「アルセインって、優しくて繊細なんです。」
「四年間。」
「ずっとあなたのことを引きずっていましたもの。」
通路に沈黙が落ちる。
「……。」
「百年近く生きてきましたけれど、人の恋というのは本当に面倒ですわね。」
ロザリアが初めて口を開いた。
「それを、私に言うのですか。」
「ええ。」
「一体どんな人間かと思って嫉妬してきましたから。」
「エルフは回りくどいのが嫌いなんです。」
その言葉に。
「嘘ですね。エルフほど冗長で回りくどい生き物はありませんよ。少なくとも私の経験では。」
不意に、フィリアが口を開いた。
エルフィナの目が大きく見開かれる。
「……あなた。」
フィリアは静かに微笑んだ。
「珍しいですね。」
「そこまで感情を表に出すエルフは。」
「……。」
「とはいえ、エルフィナ。」
「偽名を使うエルフは珍しくもありませんよね。」
一瞬。
通路の空気が張り詰めた。
「あなたも、外へ出たのですね。」
エルフィナはしばらくフィリアを見つめていた。
やがて、小さく笑う。
「ええ、森は、少しだけ退屈でしたので。」
フィリアはさして興味もなさそうに返す。
「そうですか。」
「ええ。」
エルフィナは視線をロザリアへ戻した。
「不思議な剣を使いますわね。」
「騎士の剣。」
「冒険者の剣。」
「それに、もっと別の何か。」
「まるで、色々な人生を『歪に』継ぎ接ぎしたみたい。」
「綺麗な剣ではありませんわね。」
ロザリアは静かに木剣を握る手に力を込める。
「そうかもしれません。」
エルフィナは、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
「ええ。」
「少なくとも。」
「アルセインが語っていたあなたとは、まるで別人です。」
「だからこそ」
「あなたには負けられない。」
やっとロザリアは、真っ直ぐ彼女を見返した。
「奇遇ですわね。」
「私もです。」
一瞬の沈黙。
「エルフィナ。」
アルセインが静かに口を開く。
「もう行こう。」
「あら。」
「話し足りないか?」
「少しだけ。」
「十分だ。」
エルフィナは不敵に笑って肩をすくめる。
「では。」
「決勝戦で。」
アルセインはロザリアを見た。
何か言いかけて。
結局、何も言わなかった。
「……。」
そして、小さく目礼する。
ロザリアもまた、静かに頭を下げた。
二組は、再び歩き出す。
その背中を見送りながら、ターケシはぽつりと呟いた。
「よく喋るエルフもいるんだな。」
「います。」
フィリアは少しだけ目を細めた。
「でも、珍しいですね。」
「お前も十分珍しいと思うが。」
「否定はしません。」
そして。
二組は、それぞれの控室へ消えていった。
まもなく。
王宮公認闘技大会、決勝戦。
過去と未来が、最後の剣を交える。




