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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第一部王都編  作者: たーけし
王宮公認闘技大会

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決勝戦前夜

決勝戦を翌日に控えた夜。

王都は、祭の熱気に包まれていた。

酒場では闘技大会の話が飛び交い、露店には人が溢れ、王都の誰もが明日の決勝を待ち望んでいる。

だが、その喧騒から少し離れた宿の裏庭では、一人の少女が黙々と木剣を振っていた。

カン。

カン。

月明かりの下。

ロザリアは何度も何度も木剣を振る。

迷いを断ち切るように。

過去を振り払うように。

「随分と勇壮な太刀筋になったな。」

不意に声がした。

ロザリアの素振りが止まる。

振り返る。

そこにいたのは、一人の男。

ガレオス・フォン・ハリントン。

かつて北部を治めた子爵。

そして、ロザリアの父だった。

「……見ていたんですか。」

「全部な。」

ガレオスは静かに頷く。

「立派になった。」

ロザリアは少しだけ視線を逸らした。

幼い頃なら、飛び上がるほど嬉しかった言葉。

今は少しだけ照れくさい。

「明日は決勝だな。」

「はい。」

「勝て。」

短い言葉だった。

だが。

「家名のためではない。」

ガレオスは首を横に振って言う。

「ハリントン家のためでもない。」

「……。」

「ロザリア。」

父は真っ直ぐ娘を見た。

「お前自身のために勝て。」

言葉が出なかった。

ガレオスは小さく笑う。

「お前は、昔から背負いすぎる。」

「家の名誉。」

「失った過去。」

「私への思い。」

「全部だ。」

「だが、明日だけは違う。」

「お前は、お前の人生のために剣を振れ。」

ロザリアはただ、小さく頷いた。

「……はい。」

ガレオスは満足そうに目を細める。

「ではな。」

それだけ言うと、父は踵を返した。

「お父様。」

ガレオスは振り返らない。

「何だ。」

「……見に来てくれますか。」

しばしの沈黙。

「当然だ。」

その声だけを残し、男は闇の中へ消えていった。

◇

更に夜更け。

宿の扉を叩く音がした。

ターケシが扉を開く。

そこに立っていたのは、白いマントを羽織った青年。

「こんな夜更けに申し訳ありません。私は、アルセイン。明日の決勝戦でお相手させて頂く者です。」

「…信じると思うか?」

ターケシはじっと見つめる。

「…信じて、ほしいです…」

「……ロザリアに、ロザリア フォン ハリントン嬢に、会わせていただけないでしょうか。昔の友人…なのです。」

ターケシはため息をついて、

「素直な奴だな…やれサインをくれだの瓦版の取材をさせてくれだのうるさい奴らが多くてな。宿を転々としているところだ。」

「申し訳ありません。」

ターケシはふっと笑った。

「お前さんのせいじゃない。」

「ロザリア、いいか?」

ターケシの後ろで既に腕組みしていたロザリアが答える。

「ええ。少しならね。」

「…っ!ロザリア!ターケシ殿、ありがとうございます。」

廊下の先。窓辺でふたり並ぶ。

二人の間に流れる沈黙。

先に口を開いたのはアルセインだった。

「生きていてよかった。」

ロザリアの瞳が揺れる。

「……あなたまで。」

「ロザリア。」

「その言葉を、あなたまで口にするのですね。」

アルセインは黙る。

「助けてほしかった。」

月明かりが、二人を照らしていた。

「一度でいい。」

「探してほしかった。」

「あなたなら来てくれると思っていました。」

アルセインは何も言わない。

言い訳なら、いくらでもあった。

騎士学校。

家の事情。

王命。

監視。

だが。

どれも意味はない。

結果として。

彼は来なかった。

「……すまない。」

ようやく絞り出した声は、あまりにも小さかった。

「今さらです。」

「分かっている。」

「四年間。」

ロザリアは俯いたまま続ける。

「私は、毎日生きることだけで精一杯でした。」

「怖かった。」

「苦しかった。」

「何度も死にたいと思いました。」

「だから。」

ゆっくりと顔を上げる。

「私は、あなたを許しません。」

アルセインが、はっとロザリアを見る。その瞳は激しく揺れていた。

「…ロザリア…」

「一生、許さないかもしれません。」

アルセインの肩が、小さく震えた。

「……。」 

互いに、沈黙。

「それでも。」

アルセインは真っ直ぐロザリアを見る。

「生きていてくれて、本当に良かった。」

ロザリアは目を閉じる。

返す言葉はなかった。

長い沈黙。

やがて。

「明日は決勝です。」

「ああ。」

「全力で来てください。」

「もちろんだ。」

「私も、全力で応えます。」

アルセインは小さく笑った。

「そうだな。」

「ようやく。」

「ようやく、お前と戦える。」

「ええ。」

「四年越しです。」

青年は静かに踵を返す。

一度だけ立ち止まった。

「ロザリア。」

「何ですか。」

「明日。」

「負けない。」

「奇遇ですわね。」

ロザリアは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「私もです。」

アルセインは去る。

夜は静かだった。

明日。

王宮公認闘技大会、決勝。

過去と未来が、剣を交える。

国の未来すら霞むほど、少女達には大切な試合だった。

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