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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第一部王都編  作者: たーけし
王宮公認闘技大会

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真か偽か

準決勝の翌日。

王城最奥、玉座の間。

重厚な扉の先には、王国の中枢たる者たちが集められていた。

玉座には、白髪の老人が静かに腰掛けている。

現国王、レオポルド三世。

若き日には北方戦争を含む多くの国々の紛争終結や講和に関わり、「賢王」と謳われている男である。深く刻まれた皺は歳月を物語っていたが、その瞳は老いてなお鋭さを失っていなかった。

玉座の左右には、

エドゥアルド王太子。

…但し今日の玉座の間にはいない。闘技大会中の王都警備のためだ。

アルフォンス第二王子。

…どこか楽しそうな顔で会議の始まりを待っている。

中央の赤い豪華な絨毯をを挟んで、

王国宰相、ルードヴィヒ・フォン・クラウゼン。

服務大臣ハインリヒ・ヴォルマン

…今日の会議の開催を王に直訴した人物だ。

以下錚々たる重臣たちが並んでいる。

アルフォンスの背後には、護衛としてリディアが控えていた。

静寂。

やがて、王がゆっくりと口を開く。

「良い試合であったな。」

玉座の間に、小さなどよめきが走った。

「余も思わず立ち上がってしまった。」

「シフォンと言ったか。あの灰色の耳の娘。」

「はい、陛下。」

アルフォンスが答える。

「実に良い目をしておった。」

王は満足そうに頷いた。

「余が若い頃、北方で見た狼を思い出したわ。」

その言葉を遮るように、低い声が響く。

「確かに良い試合でしたが。」

「大変よろしくない事態が起きたのも事実。」

ハインリヒ・ヴォルマン。

王国服務大臣。

準決勝の最中、貴賓席を退席し、王へ直訴した男である。

「陛下。」

「昨日、私は準決勝の最中に席を立ちました。」

「礼を失したことは承知しております。」

「ですが、あの場で黙っていることはできませんでした。」

王は頷く。

「うむ。」

「お主の顔は、まるで戦場へ向かう将軍のようであったな。」

「光栄にございます。」

まったく光栄そうではない声だった。

ヴォルマンは真っ直ぐアルフォンスを見据える。

「第二王子殿下。」

「貴方は、一体何を考えておられるのです。」

「昨日一日で、王都の酒場という酒場でハリントン家の話がなされました。」

「北部だけでなく国中の貴族からの質問が服務省へ殺到しております。」

「王宮公認闘技大会の最中に、人心が惑乱し王宮の威信が揺らいでいます。」

「これが問題でなくて何だと言うのです!!」

玉座の間に、怒声が響いた。

対するアルフォンスは、困ったように微笑む。

「いやはや。」

「私も驚いております。」

「知り合いに冒険者がおりましてね。」

「その連れの女奴隷たちが、なかなかどうして面白い。」

「訓練場を貸したところ思いのほか腕が立ちまして。」

「これは陛下にもご覧いただきたいと思った次第です。」

「余興のつもりが、まさか、本当にハリントン家の娘かもしれないとは。」

ヴォルマンの眉が吊り上がる。

「余興ですと!?」

「貴方は、王国を何と――」

「ふむ……。」

重臣の一人が、小さくため息をついた。

宰相クラウゼンの派閥。

「殿下の"癖"にも困ったものですな。」

ここぞとばかりアルフォンスを扱き下ろす。

「武芸に秀でた女子を見つけては、つい目を掛けてしまわれる。」

「長年のことゆえ、周囲も半ば諦めておりましたが……。」

男はちらりとリディアへ視線を向ける。

「まさか、それがこのような形で王宮を騒がせることになるとは。」

にやりと笑って締める。

「少々、ご反省いただきたいものですな。」

リディアのこめかみが、ぴくりと動いた。

「……何か。」

「いえいえ。他意はございません。事実を申し上げているだけですよ。」

だがアルフォンスは微笑みを絶やさない。

「耳が痛いですね。」

「しかし、優秀な人材を見つけるたびに反省していては、王国が人手不足にーー」

「アルフォンス殿下の趣味嗜好の話は結構。」

服務大臣…王都の人心と貴族達の規律を正す者…ヴォルマンの低い声が、場を切り裂いた。

「問題は、昨日の闘技場で起きたことです。」

玉座の間が静まり返る。

「昨日、王の裁定が公然と疑われました。」

「『ハリントン家は冤罪ではないか。』」

「『王宮は何を隠しているのか。』」

「『ならば、我らの家もまた不当に裁かれるのではないか。』」

「その疑念を、数万人が共有したのです。」

ヴォルマンは一歩前へ出る。

「私は、ロザリア・フォン・ハリントンという少女を問題にしているのではありません。」

「もし彼女が本当にハリントン家の娘であり、冤罪であったならば、それは改めねばならないでしょう。」

「ですが。」

「王宮公認闘技大会は、王家の威信を示す場です。」

「その場で王の裁定が疑われた。」

「私は、その事実を問題としております。」

王は静かに頷いた。

「続けよ。」

ヴォルマンはなおも語る。

「昨日、衛兵が一人の老人を連行しました。」

「良くない対応でした。」

「民は『王宮が隠している』と受け取ったことでしょう。」

「今日、王都の酒場で何が語られているか。」

「明日、北部で何が語られるか。」

「それを考えるのが、私の役目です。」

しばしの沈黙。

やがて、アルフォンスが静かに口を開いた。

「つまり、服務大臣殿はハリントン家の再調査に反対ではない、と。」

一瞬の静寂。

「再調査など――」

ここまで黙っていた宰相クラウゼンが、思わず口を開く。

しかし規律に厳格な服務大臣ヴォルマンの声が、それを遮った。

「反対などするものですか!」

一際声がおおきくなる。

「早急に白黒をつけるべきなのです。」

「私は王の裁定が誤っていたと言っているのではありません。」

「ですが、民が疑い始めた以上、王国は答えを示さねばなりません。」

「なるほど。」

アルフォンスは小さく頷いた。

「では、本人が本当にハリントン家の娘であるか否か…」

「四年前の件を調べ直す必要があるということですね。」

玉座の間の空気が変わった。

王が目を細める。

「ほう。」

ヴォルマンも頷く。

「当然でしょう。」

「法の正当性を保つためにも、事実確認は必要です。」

「もし冤罪であれば、それは王国にとっても看過できません。」

宰相クラウゼンの眉が僅かに動いた。

アルフォンスが続ける。

「そうなれば、ハリントン家と当主ガレオスを告発した者にも事情を聞かねばなりません。」

「確か――。」

「セバスチャン・クロウ。」

「ハリントン家の執事であったという人物でしたかな。」

宰相クラウゼンは顔色を変えない。

ただ、静かに口を閉ざしていた。

王は玉座の肘掛けを指で叩き、服務大臣に命じた。

「ハインリヒ。」

「はっ。」

「四年前のハリントン家の件、改めて調べよ。」

「御意。」

ヴォルマンは深く頭を下げた。

王は満足そうに頷く。

「さて。」

「明日は決勝であったな。」

「アルセインか。」

「それとも、あの風変わりな冒険者たちか。」

アルフォンスが微笑む。

「私も楽しみにしております。」

クラウゼンは黙したまま。

ヴォルマンは小さく息を吐く。

「願わくば、民がこれ以上騒ぎ立てぬことを。」

「それは難しかろう。」

王は愉快そうに笑った。

「何しろ、余こそが少々楽しみにしておるからな。」

玉座の間に、小さな笑いが漏れる。

ただ一人、宰相クラウゼンだけは黙して笑わなかった。

四年前の事件が、再び動き始めていた。

◇

「ご主人様! おかわりです!」

「きゅー!」

「フウ! それは私のお肉ですわ!」

「待て待て、落ち着け!」

宿屋の一室では、そんな声が響いていた。

シフォンは皿を抱え。

フウは肉を咥えて逃げ回り。

ロザリアは本気で追いかけている。

フィリアだけが、呆れたように微笑んでいた。

一方その頃。

王宮では、四年前の事件の再調査が決定していた。

ハリントン家没落。

奴隷売買組織・赤牙。

そして、王宮の内外で蠢く陰謀。

明日の決勝戦は、ただの試合ではない。

それは、過去と未来が剣を交える一日となる。

だが――。

「ご主人様! フウがまた私の肉を食べました!」

「きゅー!」

「逃げないでくださいましー!!」

気付いている者は多くなかった。

決勝戦が、王国の未来を左右し得る戦いであることを。

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