準決勝 紅獅子レオンハルト&セシリア 前編
準々決勝から三日後。
王都は、王宮公認闘技大会の話題で持ちきりだった。
獣人の少女シフォン。
元貴族令嬢ロザリア。
初出場ながら準決勝まで勝ち上がった二人は、今や王都で知らぬ者のいない存在となっている。
だが。
「準決勝!! シフォン&ロザリア組!! 対するは――『紅獅子』!!」
その名が告げられた瞬間。
闘技場が揺れた。
「紅獅子だ!!」
「レオンハルト様ー!!」
「セシリア様ー!!」
歓声。
拍手。
貴族席からの声援。
レオンハルト。
そして、セシリア。
前年度準優勝。
王国でも名高い若き貴族戦士。
二人が闘技場へ姿を現すと、まるで勝利が約束されているかのような熱狂が会場を包み込んだ。
しかし。
その姿を見た瞬間。
ロザリアの顔から血の気が引いた。
◇
試合前。
選手控え区画。
「……セシリア。」
思わず漏れた名前。
金色の髪。
青い瞳。
気品ある立ち振る舞い。
何一つ変わっていない。
その声に、セシリアも振り返る。
一瞬だけ驚いた顔をした。
だが、次の瞬間には、小さく微笑んでいた。
「ロザリア。」
その呼び方は、昔のままだった。
かつて二人は親友だった。
共に茶会へ出席し。
共に騎士物語を読み。
木剣を振り、将来を語り合った。
「生きていたのね。」
「ええ。」
ロザリアは静かに答える。
「残念ながら。」
セシリアの表情が曇る。
「ずっと探していたわ。」
「嘘ですわ。」
その一言で。
セシリアの表情が凍った。
控え室の空気までもが凍り付く。
「本当に探していたのなら。」
「奴隷市場で見つかっていましたもの。」
「ロザリア……。」
ロザリアはじっとセシリアを見据えたまま続けた。
「あの日。」
「私は、檻の中にいました。」
誰も口を挟まない。
「父も。」
「姉も。」
「ハリントン家の人たちも。」
「みんな、どこへ消えたと思いますか。」
「どこへ連れて行かれたと、思いますか。」
セシリアは何も言えない。
「なのに貴女は。」
「どこにいましたの?」
ロザリアの肩が、小さく震えていた。
それは怒りか、恨みか。
奴隷となった四年間、一度も口にしなかった感情。
本人すら気付いていなかった黒い感情だった。
「ロザリアさん。」
シフォンがそっと袖を引く。
「……。」
「試合ですよ。」
ロザリアははっとしたように顔を上げた。
シフォンが、少しだけ困ったように笑う。
「今度は、私が支える番です。」
ロザリアは小さく息を吐く。
「……失礼。」
「私としたことが、少々、取り乱してしまいましたわ。」
カァンッ!!
試合開始の鐘が鳴り響く。
「両者、位置へ!!」
レオンハルトが巨大な木剣を肩へ担ぐ。
「まさか、君たちと戦うことになるとはな。」
セシリアも細身の木剣を構える。
「手加減はしないわ。」
対するシフォンは二刀を。
ロザリアは木剣と木盾を構えた。
「始め!!」
ドォンッ!!
開始と同時に、レオンハルトが踏み込む。
速い。
巨体からは想像もできない速度だった。
「シフォン!!」
ガァンッ!!
巨大な木剣が振り下ろされる。
シフォンは咄嗟に二刀で受け止めた。
「くっ……!」
重い。
今までで最も重い一撃だった。
巨大オーガを相手にしているようだった。
「さすがだ!」
レオンハルトが笑う。
「だが、まだまだ!!」
一方。
ロザリアとセシリアの剣が交差する。
カンッ!!
カンッ!!
カンッ!!
互いに一歩も譲らない。
「変わったわね。」
セシリアが呟く。
「そうでしょうか。」
「ええ。」
再び木剣がぶつかる。
「昔の貴女は、もっと真っ直ぐな剣だった。」
ロザリアは答えない。
今の自分の剣は。
騎士の剣。
冒険者の剣。
奴隷として生き抜いた剣。
そして。
仲間を守るための剣だ。
カンッ!!
木剣が流星のように閃く。
「っ!?」
セシリアが目を見開く。
足払い。
盾打ち。
崩し。
流し。
そして騎士の突き。
知っている。
知らない。
二つの剣が混ざっている。
「何……その剣。」
セシリアが思わず呟く。
「まるで……。」
一人の剣士と戦っている気がしない。
いくつもの戦い方が、一つの身体から襲いかかってくる。
それは、練習試合で戦った近衛騎士たちが感じた思いと同じ。
その時だった。
観客席の一角。
白髪の老人が、ゆっくりと立ち上がった。
「あの足運び……。」
震える声。
「あの受け流し……。」
「あの突き……。」
老人の目が大きく見開かれる。
「違う。」
「違うが……。」
そして。
「北部の剣だ!!」
闘技場が静まり返った。
「ハリントンの剣が帰ってきた!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ハリントン!?」
「あの反逆貴族の!?」
「待て! 本当にロザリア・フォン・ハリントンなのか!?」
「生きていたのか!?」
「なぜ奴隷になっていた!?」
ざわめきが、瞬く間に闘技場全体へ広がっていく。
その時だった。
「静まれ!!」
王宮の衛兵たちが観客席へ駆け上がった。
「何をする!?」
老人が抗議する。
「わしは見たままを言っただけだ!」
「北部へ行ったことのある者なら分かる!」
「あれはハリントンの剣だ!!」
「黙れ!!」
老人の腕が掴まれる。
「離せ!!」
「離さんか!!」
「あの娘は、ロザリア・フォン・ハリントンだ!!」
「わしは知っておる!!」
「ガレオス殿の剣を、この目で見たことがある!!」
抵抗する老人は、そのまま半ば引きずられるように闘技場の外へ連れ出されていった。
だが。
それは最悪の対応だった。
「なぜ連れて行く?」
「まずいことを言ったからか?」
「王宮は何を隠している?」
「待て……。」
「まさか、本当にハリントン家は冤罪だったのか?」
観客の視線が、試合から闘技場の上段へ移り始める。
貴族席。
「アルフォンス殿!!」
一人の重臣が立ち上がった。
アルフォンスはどこ吹く風といった様子で、高級酒のグラスを傾けている。
「何でしょう。」
「何でしょうではない!」
重臣は顔を真っ赤にして叫んだ。
「あの女は、誠にハリントン家の娘なのですか!?」
「もし真実であるならば、反逆者の娘と知りながら王宮公認闘技大会へ出場させたことになりますぞ!!」
「王へのお申し開きは、何となさるおつもりか!!」
アルフォンスは微笑んだ。
「さて。」
「何のことでしょう。」
「惚けるな!!」
アルフォンスの隣でリディアが立ち上がり割って入る。
「まあまあ。」
「今は闘技大会の準決勝ですぞ。」
「このような名勝負の最中に、政治の話など野暮というものです。」
「それにほら、ほら吹き老人ならもうつまみ出されましたぞ。ご安心ください。」
取り成す気のない取り成しだった。
「貴様ら!!」
重臣は激昂し、そのまま席を立つ。
「覚えておられよ!!」
その背中を見送りながら、アルフォンスは静かにグラスを揺らした。
「リディア。」
「何でしょう。」
「少々、酒が美味くなってきた。」
「奇遇ですね。私もです。」
一方。
闘技場では、なおも剣戟が続いていた。
だが、もはや観客の視線は試合だけに向いてはいない。
ハリントン家。
奴隷。
冤罪。
王家。
無数の憶測が飛び交う。
そして。
セシリアは静かに呟いた。
「ロザリア。」
「あなた、本当に帰ってきたのね。」
ロザリアは答えない。
ただ、木剣を握り直した。
準決勝。
その日。
王都は、忘れていた名前を思い出した。
ロザリア・フォン・ハリントン。
北部の剣。
そして、王国が見捨てた少女の名を。




