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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第一部王都編  作者: たーけし
王宮公認闘技大会

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121/134

三回戦 黒鷲商会の双刃ヴァレス&ノクト

王宮公認闘技大会 三回戦。

二回戦から二日後。

王都は大会の話題で持ちきりだった。

獣人の少女シフォン。

元貴族令嬢ロザリア。

初出場ながらベスト8へ駒を進めた二人は、今や王都の注目を集めている。

だが、その前に立ちはだかる相手は、これまでとは違った。

前日。

ターケシとフィリアは、観客席から次の対戦相手を見ていた。

黒を基調とした軽装鎧。

双剣。

無駄のない足運び。

兄ヴァレス。

弟ノクト。

表向きは、黒鷲商会が抱える護衛戦士。

しかし。

「妙だな。」

ターケシが呟く。

フィリアも目を細めた。

「あの動き……傭兵というより暗殺者です。」

「ああ。」

「嫌な空気がする。」

そして迎えた当日。

「第三試合! シフォン&ロザリア組! 対するは――『黒鷲商会の双刃』!!」

歓声が闘技場を揺らした。

試合前。

選手控え区画。

シフォンは何気なく相手を見ていた。

その時だった。

ノクトの腰に吊るされた短剣。

その柄頭に刻まれた、小さな赤い牙。

「……え?」

呼吸が止まる。

見間違えるはずがない。

燃える家。

悲鳴。

血の臭い。

奴隷商人の荷車。

赤い牙。

赤牙。

「どうしたの?」

ロザリアの問い掛けにも、シフォンは答えない。

耳が伏せられる。

尻尾が震える。

呼吸が浅い。

拳が、白くなるほど握り締められていた。

「あいつら……。」

絞り出すような声。

「あいつら、赤牙だ。」

ロザリアの表情が変わる。

「何ですって?」

「間違いない。」

「忘れたことなんて、一度もない。」

グラエヴァル。

二日前に知った故郷の名。

昨日、初めて触れた故郷の味。

その全てを奪った者たち。

シフォンの瞳が、獣のように細められる。

「殺してやる……。」

その声に、ロザリアは息を呑んだ。

シフォンが、我を忘れている。

そして。

カァンッ!!

試合開始の鐘が鳴り響く。

「始め!!」

次の瞬間。

シフォンが飛び出した。

「おおおおおおっ!!」

一直線。

迷いのない突撃。

カンッ!!

右の木剣。

カンッ!!

左の木剣。

怒りに任せた連撃を、ノクトは双剣で捌く。

「何だ、お前!?」

シフォンは答えない。

ただ、剣を振るう。

右。

左。

右。

左。

焦りは隙になる。

その瞬間。

ヴァレスがシフォンの側面へ回り込んだ。

双剣が振り上げられる。

「シフォン!」

観客席のターケシが立ち上がる。

だが。

「シフォン!!」

ロザリアが踏み込んだ。

木剣が流星のように閃く。

パシィィッ!!

渾身の突き。

ヴァレスは咄嗟に双剣を交差させる。

「っ!?」

凄まじい衝撃。

数歩後退する。

「今は勝つことが先です!!」

ロザリアの声が闘技場へ響いた。

「ここで負けたら、何も分からない!」

「怒るのは後です!」

「まず勝ちなさい!!」

シフォンの身体が止まる。

大きく息を吸う。

そして、ゆっくりと吐いた。

「……ごめん。」

ロザリアが微笑む。

「後で、思い切り怒りましょう。」

シフォンは小さく頷く。

「うん。」

その瞳に、ようやく冷静さが戻った。

「行くよ。」

「ええ。」

ここからだった。

本来の二人の戦いが始まる。

シフォンはノクトを引きつける。

ロザリアはヴァレスを受け持つ。

「さっきまでとは別人だな。」

ヴァレスが呟く。

「仲間に叱られましたので。」

ロザリアは木盾で双剣を受け流した。

一方。

「赤牙がどうした!」

ノクトが吐き捨てる。

「俺はただ、仕事をしただけだ!」

その言葉に、シフォンの耳がぴくりと動いた。

仕事。

その一言が、妙に胸に残る。

だが。

今は考えるな。

勝て。

ターケシの声が聞こえた気がした。

右。

左。

二刀が唸る。

ノクトが後退する。

「これで!!」

ガンッ!!

右の木剣が、肩口を強かに打ち据えた。

「ぐっ!」

続けて。

ドッ!!

左の木剣が、みぞおちへ突き刺さる。

「がはっ……!」

ノクトの動きが止まった。

その一瞬。

シフォンが地面を蹴る。

身体が宙を舞う。

ターケシから教わった空手。

上段回し蹴り。

ゴッ!!

踵が、ノクトの顎を正確に捉えた。

「っ――!」

ノクトの身体から力が抜ける。

そのまま崩れ落ち、動かなくなった。

「ノクト!」

ヴァレスが叫ぶ。

だが、その喉元には既にロザリアの木剣が突きつけられていた。

静寂。

ヴァレスは倒れたノクトを見つめ、小さく笑った。

「参った。」

審判が旗を掲げる。

「勝者!! シフォン&ロザリア組!!」

闘技場が揺れた。

「ベスト4だ!!」

「また勝ったぞ!」

「何なんだ、あの二人は!?」

歓声が響く。

だが、シフォンの胸の内は晴れなかった。

◇

試合後。

医務室へ続く通路。

「待って。」

シフォンが二人を呼び止める。

ヴァレスが振り返った。

「気付いたか。」

シフォンはノクトの短剣を指差す。

「その印。」

「赤牙でしょ。」

沈黙。

やがて、ヴァレスが小さく息を吐いた。

「……ああ。」

「昔の仕事だ。」

「金のためなら何でもやった。」

「護衛もやった。」

「奴隷の護送もな。」

シフォンの拳が震える。

「俺たちは末端だ。」

ノクトが肩をすくめる。

「知りすぎた。」

「だから足を洗った。」

ヴァレスが続ける。

「赤牙は、もう盗賊じゃない。」

「貴族。」

「商人。」

「裏社会。」

「全部繋がっている。」

ロザリアの表情が凍る。

「もし追うなら覚悟しろ。」

「相手は、お前たちが思っているより大きい。」

シフォンは黙っていた。

そして。

「……でも。」

顔を上げる。

「追います。」

「グラエヴァルのために。」

「仲間のために。」

ヴァレスは小さく笑った。

「そうか。」

「なら、せいぜい死ぬな。」

二人は、そのまま通路の奥へ消えていった。

その夜。

宿へ戻った四人の間には、重い沈黙が流れていた。

単なる復讐では終わらない。

グラエヴァルを滅ぼした敵。

ロザリアを奴隷へ落とした闇。

その全てが、一本の線で繋がり始めていた。

ターケシは静かに呟く。

「いよいよ、尻尾が見えてきたな。」

王宮公認闘技大会。

三回戦。

その日、シフォンは初めて、自分の故郷を奪った者たちと向き合った。

グラエヴァル。

その名を知ってから、まだ三日しか経っていなかった。

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