三回戦 黒鷲商会の双刃ヴァレス&ノクト
王宮公認闘技大会 三回戦。
二回戦から二日後。
王都は大会の話題で持ちきりだった。
獣人の少女シフォン。
元貴族令嬢ロザリア。
初出場ながらベスト8へ駒を進めた二人は、今や王都の注目を集めている。
だが、その前に立ちはだかる相手は、これまでとは違った。
前日。
ターケシとフィリアは、観客席から次の対戦相手を見ていた。
黒を基調とした軽装鎧。
双剣。
無駄のない足運び。
兄ヴァレス。
弟ノクト。
表向きは、黒鷲商会が抱える護衛戦士。
しかし。
「妙だな。」
ターケシが呟く。
フィリアも目を細めた。
「あの動き……傭兵というより暗殺者です。」
「ああ。」
「嫌な空気がする。」
そして迎えた当日。
「第三試合! シフォン&ロザリア組! 対するは――『黒鷲商会の双刃』!!」
歓声が闘技場を揺らした。
試合前。
選手控え区画。
シフォンは何気なく相手を見ていた。
その時だった。
ノクトの腰に吊るされた短剣。
その柄頭に刻まれた、小さな赤い牙。
「……え?」
呼吸が止まる。
見間違えるはずがない。
燃える家。
悲鳴。
血の臭い。
奴隷商人の荷車。
赤い牙。
赤牙。
「どうしたの?」
ロザリアの問い掛けにも、シフォンは答えない。
耳が伏せられる。
尻尾が震える。
呼吸が浅い。
拳が、白くなるほど握り締められていた。
「あいつら……。」
絞り出すような声。
「あいつら、赤牙だ。」
ロザリアの表情が変わる。
「何ですって?」
「間違いない。」
「忘れたことなんて、一度もない。」
グラエヴァル。
二日前に知った故郷の名。
昨日、初めて触れた故郷の味。
その全てを奪った者たち。
シフォンの瞳が、獣のように細められる。
「殺してやる……。」
その声に、ロザリアは息を呑んだ。
シフォンが、我を忘れている。
そして。
カァンッ!!
試合開始の鐘が鳴り響く。
「始め!!」
次の瞬間。
シフォンが飛び出した。
「おおおおおおっ!!」
一直線。
迷いのない突撃。
カンッ!!
右の木剣。
カンッ!!
左の木剣。
怒りに任せた連撃を、ノクトは双剣で捌く。
「何だ、お前!?」
シフォンは答えない。
ただ、剣を振るう。
右。
左。
右。
左。
焦りは隙になる。
その瞬間。
ヴァレスがシフォンの側面へ回り込んだ。
双剣が振り上げられる。
「シフォン!」
観客席のターケシが立ち上がる。
だが。
「シフォン!!」
ロザリアが踏み込んだ。
木剣が流星のように閃く。
パシィィッ!!
渾身の突き。
ヴァレスは咄嗟に双剣を交差させる。
「っ!?」
凄まじい衝撃。
数歩後退する。
「今は勝つことが先です!!」
ロザリアの声が闘技場へ響いた。
「ここで負けたら、何も分からない!」
「怒るのは後です!」
「まず勝ちなさい!!」
シフォンの身体が止まる。
大きく息を吸う。
そして、ゆっくりと吐いた。
「……ごめん。」
ロザリアが微笑む。
「後で、思い切り怒りましょう。」
シフォンは小さく頷く。
「うん。」
その瞳に、ようやく冷静さが戻った。
「行くよ。」
「ええ。」
ここからだった。
本来の二人の戦いが始まる。
シフォンはノクトを引きつける。
ロザリアはヴァレスを受け持つ。
「さっきまでとは別人だな。」
ヴァレスが呟く。
「仲間に叱られましたので。」
ロザリアは木盾で双剣を受け流した。
一方。
「赤牙がどうした!」
ノクトが吐き捨てる。
「俺はただ、仕事をしただけだ!」
その言葉に、シフォンの耳がぴくりと動いた。
仕事。
その一言が、妙に胸に残る。
だが。
今は考えるな。
勝て。
ターケシの声が聞こえた気がした。
右。
左。
二刀が唸る。
ノクトが後退する。
「これで!!」
ガンッ!!
右の木剣が、肩口を強かに打ち据えた。
「ぐっ!」
続けて。
ドッ!!
左の木剣が、みぞおちへ突き刺さる。
「がはっ……!」
ノクトの動きが止まった。
その一瞬。
シフォンが地面を蹴る。
身体が宙を舞う。
ターケシから教わった空手。
上段回し蹴り。
ゴッ!!
踵が、ノクトの顎を正確に捉えた。
「っ――!」
ノクトの身体から力が抜ける。
そのまま崩れ落ち、動かなくなった。
「ノクト!」
ヴァレスが叫ぶ。
だが、その喉元には既にロザリアの木剣が突きつけられていた。
静寂。
ヴァレスは倒れたノクトを見つめ、小さく笑った。
「参った。」
審判が旗を掲げる。
「勝者!! シフォン&ロザリア組!!」
闘技場が揺れた。
「ベスト4だ!!」
「また勝ったぞ!」
「何なんだ、あの二人は!?」
歓声が響く。
だが、シフォンの胸の内は晴れなかった。
◇
試合後。
医務室へ続く通路。
「待って。」
シフォンが二人を呼び止める。
ヴァレスが振り返った。
「気付いたか。」
シフォンはノクトの短剣を指差す。
「その印。」
「赤牙でしょ。」
沈黙。
やがて、ヴァレスが小さく息を吐いた。
「……ああ。」
「昔の仕事だ。」
「金のためなら何でもやった。」
「護衛もやった。」
「奴隷の護送もな。」
シフォンの拳が震える。
「俺たちは末端だ。」
ノクトが肩をすくめる。
「知りすぎた。」
「だから足を洗った。」
ヴァレスが続ける。
「赤牙は、もう盗賊じゃない。」
「貴族。」
「商人。」
「裏社会。」
「全部繋がっている。」
ロザリアの表情が凍る。
「もし追うなら覚悟しろ。」
「相手は、お前たちが思っているより大きい。」
シフォンは黙っていた。
そして。
「……でも。」
顔を上げる。
「追います。」
「グラエヴァルのために。」
「仲間のために。」
ヴァレスは小さく笑った。
「そうか。」
「なら、せいぜい死ぬな。」
二人は、そのまま通路の奥へ消えていった。
その夜。
宿へ戻った四人の間には、重い沈黙が流れていた。
単なる復讐では終わらない。
グラエヴァルを滅ぼした敵。
ロザリアを奴隷へ落とした闇。
その全てが、一本の線で繋がり始めていた。
ターケシは静かに呟く。
「いよいよ、尻尾が見えてきたな。」
王宮公認闘技大会。
三回戦。
その日、シフォンは初めて、自分の故郷を奪った者たちと向き合った。
グラエヴァル。
その名を知ってから、まだ三日しか経っていなかった。




