ミーナの手料理
翌朝。
宿の食堂では、ターケシたちが朝食を取っていた。
焼きたてのパン。
野菜のスープ。
そして、いつものように鼻をふんふんと鳴らしながら、シフォンが厨房の方を見ている。
「今日はパンのいい匂いがします。」
「がうがう!」
子オーガのフウが同意するように声をあげる。
「毎日言ってるな。」
ターケシが苦笑する。
その時だった。
こんこん。
控えめなノックの音が響く。
「はい?」
ロザリアが扉を開く。
そこに立っていたのは、頭に包帯を巻いた白銀の獣人だった。
「ミーナさん!?」
「おはよう。」
少し気まずそうに耳を伏せる。
「昨日は、その……思ったより飛んじゃった。」
「ご、ごめんなさい!」
シフォンが慌てて頭を下げる。
ミーナは苦笑した。
「気にしてない。」
「ちゃんと手加減してくれてたの、分かったから。」
そして、小さな包みを差し出した。
「これ。」
「え?」
「作ったの。」
「よかったら食べてほしい。」
「毒とか入ってないから。」
「い、言わなければ疑いませんでしたのに……。」
ロザリアが思わず呟く。
包みを開く。
そこには、焼きたての平たいパンに蜂蜜と白いチーズを挟んだものと、香草の香りが漂う羊肉の串焼きが入っていた。
「わぁ……。」
シフォンの耳がぴんと立つ。
「これ、何ですか?」
「狼系獣人の村の料理。」
ミーナは少しだけ視線を逸らした。
「グラエヴァルでも、多分食べられてたと思う。」
シフォンは、ハニーチーズナンを見つめた。
「グラエヴァルの……。」
「正確には分からないよ。」
「でも、灰狼族と白牙族は昔から交流があったって聞いてる。」
「だから、似たようなものは食べてたんじゃないかな。」
シフォンはナンをそっと一口かじる。
甘い。
そして、少しだけしょっぱい。
「どう?」
ミーナが尋ねる。
「……分かりません。」
「え?」
「でも。」
もう一口。
今度は羊肉も食べる。
香草の香りが鼻に抜ける。
「なんだか。」
シフォンは少しだけ笑った。
「懐かしい気がします。」
ミーナは何も言わなかった。
ただ、小さく頷く。
「そっか。」
ターケシは、その様子を静かに見守っていた。
失われた故郷。
忘れてしまった記憶。
だが、人は案外、そういうものを覚えているのかもしれない。
味。
匂い。
誰かと食卓を囲んだ記憶。
シフォンは串焼きを両手で持ったまま、小さく呟いた。
「グラエヴァル……。」
それは、まるで新しい言葉を覚えた子供のような声だった。
ミーナは耳をぴくりと動かす。
「また作ってあげる。」
「今度はラウル兄さんも連れてくる。」
「はい!」
シフォンは嬉しそうに頷いた。
「がうー!」
「フウの分も持ってきて。」
「がう!」
「何、この子。」
「子オーガです。」
「ふふっおかしいの。オーガの子どもと暮らしてるなんて。」
ミーナがくすくすと笑った。
その日。
シフォンは初めて、故郷の味に触れたのかもしれない。




