二回戦 白牙族の双爪ラウル&ミーナ
王宮公認闘技大会 二回戦。
一回戦から三日後。
王都の闘技場は、さらに熱気を増していた。
獣人の少女シフォン。
元貴族令嬢ロザリア。
鉄鎖兄弟を破った二人は、今や王都でも注目の存在となっている。
「第二試合! シフォン&ロザリア組! 対するは――『白牙族の双爪』!!」
歓声が響く。
闘技場へ姿を現したのは、髪も耳も尻尾も白銀の毛並みを持つ狼系獣人の兄妹だった。
兄ラウル。
妹ミーナ。
二人とも軽装。
武器は曲刀のみ。
しかし、その立ち姿から並の戦士ではないことは明らかだった。
観客席。
ターケシは腕を組み、小さく呟く。
「強いな。」
フィリアも真剣な表情で頷いた。
「ええ。一回戦の相手とは格が違います。」
試合前。
選手控え区画。
開始を待つ四人の間に、奇妙な静けさが流れていた。
その時だった。
ミーナの視線が、シフォンの耳元で止まる。
獣骨で作られた小さな耳飾り。
壊れかけていたそれを、ターケシが修理してくれた大切な品だった。
「それ……。」
ミーナが話しかけた。
「え?」
「その耳飾り、どこで手に入れたの?」
「子供の頃から持ってます。」
ミーナの目が見開かれる。
ラウルも静かに耳飾りへ視線を向けた。
「灰狼族か。」
シフォンの身体が固まった。
「……え?」
「北方の森に住んでいた狼獣人の一族だ。」
初めて聞く名前だった。
だが、胸の奥がざわつく。
森。
木漏れ日。
誰かの笑い声。
曖昧な記憶が、脳裏を掠めた。
「知っているの……?」
シフォンが問い掛けた、その瞬間。
カァンッ!!
試合開始の鐘が鳴り響く。
「選手は位置へ!!」
ラウルが曲刀を抜く。
「続きは試合の後だ。」
シフォンは木剣を握り締めた。
今すぐにでも答えを聞きたい。
だが。
今は戦う時だ。
「始め!!」
次の瞬間。
ラウルとミーナが同時に踏み込んだ。
速い。
鉄鎖兄弟とはまるで違う。
地を滑るような足運び。
曲刀が風を裂く。
ガキィンッ!!
ロザリアの木盾が受け止める。
「っ……!」
重い。
そして速い。
「人間にしては、やるな。」
「負けられませんので。」
ロザリアは静かに答えた。
一方。
ミーナの曲刀がシフォンへ迫る。
カンッ!!
二刀が受け止める。
速い。
今まで戦った誰よりも速い。
「灰狼族は七、八年前に滅んだはずよ。」
ミーナの声には困惑が混じっていた。
「どうしてあなたが生きているの?」
「分かりません。」
シフォンは二本の木剣を握り直す。
「でも。」
「私も知りたいです。」
曲刀が迫る。
木剣で受ける。
火花が散るかのような激しい衝突。
「だったら。」
シフォンは真っ直ぐミーナを見た。
「私達が勝ったら知っていることを全部聞かせてください。」
ミーナは一瞬だけ目を見開き、小さく笑った。
「……そう。」
激突。
木剣と曲刀が何度もぶつかり合う。
観客席が沸いた。
「速い!」
「一回戦とは別物だ!」
「白牙族が押してるぞ!」
シフォンは押されていた。
頭の片隅では、ずっと灰狼族という言葉が響いている。
だが。
だからこそ、負けられない。
知りたい。
自分が何者なのか。
故郷は何だったのか。
「まだ……負けません!!」
右。
左。
二刀が唸る。
一撃ごとに、ミーナの表情が変わっていく。
「強くなったのでしょうね。」
「え?」
「七、八年。」
ミーナは曲刀で受けながら続けた。
「生きるだけでも、大変だったでしょう?」
シフォンは答えない。答えられなかった。
ミーナの突きが走る。
半身になって右に躱す。左頬を曲刀が掠める。
「私は何も知りません。」
シフォンも反撃する。
右。
左。
連撃。
「自分が灰狼族なのかわかりません。」
さらに空手の上段蹴り。
ミーナが虚を突かれて下がり、何とか躱す。
シフォンには、目の前で死んだ親の顔も、燃やされた家も、はっきりと思い出せない。両親はいつも笑っている人達だった気はする。
「お料理なんかも知りません。」
それでも。
ドオォン!
知りたい。
「知るために戦ってるんです!」
シフォンが地面を蹴った。
まるで弾丸のような体当たり。
「きゃっ!?」
体勢を崩していたミーナはまともに受け、身体が宙を舞う。
ガンッ!!
闘技場の外壁へ叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。
「ミーナ!!」
ラウルが一瞬だけ妹を見る。
審判が駆けつける。
「ミーナ、戦闘不能!」
だが勝負は終わっていない。
ラウルはロザリアへ踏み込んだ。
ガァンッ!!
「っ……!」
木盾が大きく軋む。
一撃。
二撃。
三撃。
速い。
そして重い。
ラウルは分かっていた。
二対一は不利だ。
ならば。
まず、人間の娘を落とす。
そうすれば、一対一に戻る。
そのための猛攻だった。
「ロザリア!」
「大丈夫ですわ!」
ロザリアは木盾で受け続ける。
防ぐ。
受ける。
耐える。
(焦っていますわ。)
本来のラウルは、もっと静かな剣だった。
だが今は違う。
勝ち筋を追うあまり、攻撃の回数が増えている。
そして。
増えれば増えるほど、剣は単調になる。
ガァンッ!!
木盾が鳴る。
ラウルの曲刀が大きく振りかぶられる。
その起こり。
ロザリアは待っていた。
「そこですわ。」
踏み込む。
木剣が真っ直ぐ伸びる。
パシィッ!!
胸部への鮮やかなカウンター。
「……っ。」
ラウルの動きが止まった。
さらに連撃。
袈裟懸けに薙ぎ払われた木剣が、曲刀を弾き飛ばす。
静寂。
ラウルはさらに顔面へ突きつけられた木剣を見る。
そして、小さく息を吐いた。
「見事だ。」
肩を落とす。
「俺たちの負けだ。」
審判が旗を掲げた。
「勝者!! シフォン&ロザリア組!!」
歓声が爆発する。
「二回戦突破だ!!」
「白牙族を倒したぞ!」
「何なんだ、あの二人は!?」
だが、その一方で。
「ふざけるな!」
「銀貨を返せ!」
「期待外れだぞ、白牙族!」
「獣人のくせに負けやがって!」
賭けに負けた観客たちの野次が飛ぶ。
ラウルは振り返りもしない。
ただ、気絶したミーナを抱き上げ、控室へ去って行った。
◇
「待ってくれ。」
シフォンとロザリアが引き上げよう荷物をまとめたところで、ラウルがシフォンたちを呼び止めた。
「さっきの話の続きだ。」
シフォンは耳飾りに手をやる。
「灰狼族の集落、は、七、八年前に襲われた。」
「だが、全滅ではない。」
「何人か逃げ延びたという話を聞いている。」
「生き残りが……?」
「ああ。」
「確証はない。」
「でも、私たち白牙族の間ではそう伝わっている。」
シフォンは言葉を失った。
故郷は滅んだと思っていた。
家族はいないと思っていた。
だが。
もし。
本当に誰かが生きているのなら。
「……ありがとうございます。」
それだけを言うのが精一杯だった。
ラウルは静かに頷く。
「灰狼族。『グラエヴァル』の娘よ。」
シフォンの耳がぴくりと動く。
「誇りを忘れるな。」
短い言葉だった。
だが、その言葉は何よりも重かった。
その夜。
宿へ戻ったシフォンは、ベッドの上で耳飾りを握り締めていた。
窓の外では、王都の夜風が静かにカーテンを揺らしている。
「……会いたいな。」
小さな呟きは、誰にも届かない。
王宮公認闘技大会。
二回戦。
その日、シフォンは初めて、自分の故郷の名前を知った。
グラエヴァル。
宿のベッドへ入ってからも、シフォンは何度もその名を呟いた。




